サステナビリティ倶楽部レポート

[第60号] サプライチェーン上の奴隷労働

2016年04月22日

 

● イギリス法制度の背景とは
昨年イギリスで現代奴隷法が制定され、サプライチェーン上の奴隷行為について報告する制度が始まった。イギリスで一定規模以上の操業をする外国企業も対象になるため、日本でも関心を持たれている。

企業に課されることは、「奴隷・人身取引報告(Slave and human trafficking statement)」を発行することで、なかでも焦点は移民労働者の搾取労働だ。“奴隷”と聞いて、日本には関係ないと思いそうだが、その場所は先進国ではなくまた事業関係でも先の先という末端での話だ。イギリスの担当大臣も「奴隷など100年前の話と思っているだろうが、実際現実に起こっている。このことにしっかりと目を向けるべきだ」といっている。

ここでは法律の内容よりも、こうした状況の背景を具体例で考えてみる。

サプライチェーンといえば、アパレル業界での縫製工場の搾取労働が90年代から問題になり、その後展開して歴史が長い。続いて電子業界では場労働者が自殺する事件が明るみになって、業界レベルの対応が2000年代に広がった。その後は紛争鉱物がこの業界の大きな課題になっている。

ここにきて、世界で移民・難民問題が大きな社会不安を生んでいる。これが移民労働者の搾取につながり、この実態を暴露する動きになっているのだ。大きく報じられている2つの事例を紹介しよう。

● タイのエビ養殖業でのミャンマー労働者
まず日本でも身近なタイで起こっている労働現場の実態から。
タイでも経済の発展に伴って労働力の確保と効率的な操業が課題になっている。主要な産業である水産加工業では、隣国ミャンマーからの労働者を使いコストを削減している。移民労働自体は違法ではなく、むしろ政府は不足する労働人口を外国人で補うべく推進しているところがある。労働法を守り適正な環境や条件での雇用であればいいが、問題なのは末端で違法な労働が横行することだ。移民はこのような劣悪な状況で犠牲になりやすい。

英ガーディアン紙は、2014年にこの実態を追求した。ウォルマートやテスコといった欧米のスーパーで売られているエビの餌を扱う労働者の搾取現場を取材し、問題が炎上したのだ。
“Revealed: Asian slave labour producing prawns for supermarkets in US, UK”
http://www.theguardian.com/global-development/2014/jun/10/supermarket-prawns-thailand-produced-slave-labour

私は2013年秋にタイの冷凍エビ加工業者と会う機会があった。その時すでに欧米の顧客企業から、移民労働者の雇用について厳しいチェックがあることを聞いていた。日本にも輸出しているが、日本企業の関心は食品の衛生・安全だけでそのような要請がないことを比較として挙げていたことが思い出される。ガーディアンの報道はその後なのだが、現地の社長の話を聞いていただけに身近な意識をもったものだ。

ここでの動画入りの記事は、生存者の証言をもとにミャンマーの少数民族であるロヒンギャ―族が船で輸送されて来る過程から報じている。ミャンマー労働者への搾取的な状況がいかに酷いかわかる。まさに“奴隷”扱いで人権侵害はなはだしい。タイ側のCP Foods社だけが責められるものではなく、買手の企業が実態をチェックし、購入を拒否すべきだと主張。こうした実状が現代奴隷法のベースにあるといえる。

さて、エビは日本でもポピュラーな食材で、タイ産エビの流通量は膨大だ。欧米スーパーと同じく、日本で売られるエビも奴隷労働に関わりをもっていることは間違いないはずだ。過去には養殖のために沿岸地の環境破壊が問題になった。この状況を見ると、日本企業もその上流の労働状況まで厳しくチェックすることが求められる。食品会社や小売会社、外食産業などが新たにサプライチェーン要請の対象になってくることを意識しなければならない。

● 中東建設現場での移民労働者
もう一つの問題は、中東など建築ラッシュが進むなかその建設現場で働く労働者だ。
建設プロジェクトは施工期間中だけ労働者を雇うという臨時雇用で成り立っているため、移民労働者の採用が多い。大規模プロジェクトになれば、契約業者と施工会社、各種の機器や材料、建設物の様々なメーカーと作業労働者の派遣会社など数多くの業者が関わり、サプライチェーンも複雑化してくるので、監視の眼が行き届かない。

問題にあがっているのは、2022年にワールドカップを開催するカタールだ。2014年からスタジアムの建設が始まっているが、そこで移民労働者の搾取労働に焦点があたっている。アムネスティ・インターナショナルが現地労働者200人以上に直接ヒアリング調査をし、今年になってその実態報告“The Ugly Side of the Beautiful Game”を発表した。

カタールでは、労働人口の90%が移民労働者だという。ここでヒアリングした労働者はネパール人が中心で、ほかにインドやスリランカなどからも流入している。以下のような問題が明らかになり、ここでも“奴隷”的な扱いをされていることが浮き彫りになった。
<労働者のリクルート>
 ・ 斡旋会社への高い手数料の要求(労働者に対し)
 ・ 契約の偽装、不備
<現場での労働関係>
 ・ パスポートの押収
 ・ 賃金の支払い遅延、未払い
 ・ 出国・帰国の妨害
 ・ 強制労働(労働時間、職務内容・・)
 ・ 様々な脅し
<宿泊設備>
 ・ 不適切な環境(衛生、食事、定員・・・)

アムネスティではこの現状に対して、国連指導原則に照らしてFIFAやカタール政府のほかプロジェクトに関係する企業に提言をしている。企業には、各社で人権デュー・ディリジェンスを実践することを盛り込んでいる。これは社内の管理システムを整備するばかりでなく、労働者の侵害があれば救済措置を取ることが強調されている。

建設業界ではこれまでサプライチェーンまであまり問題にされてこなかったが、汚職事件で揺れるFIFAの余波も受けて今後は対応に迫られることになりそうだ。日本のゼネコンやプラント会社も、こうした国々での案件では同じく対応が求められる。

● 情報開示だけにとどまらない
イギリスの法律を見る限りでは、行うべきは該当する情報を開示するだけだ。しかし日本以外の国々では、市民社会やメディアの監視が厳しいことを念頭におき、その対応をしっかりとることが必要だ。

先日国連人権理事会のチームが日本に調査が来て、「日本の報道の自由を巡る懸念がより深まった」と発表した。企業や政府への指摘が緩く都合の悪いことは表の報道に出ない日本の感覚のままでは、海外の率直なメディアとNGOの辛辣な指摘の厳しさが理解できない。現代奴隷法の解釈も、グローバル基準で市民社会の眼を意識して対応していくことが大事になる。

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【2016年度 サステナビリティ経営ネットワークのご案内】
今年度も、創コンサルティング主催「サステナビリティ経営ネットワーク」を開催いたします。戦略的CSRとサステナビリティ経営のさらなる展開に焦点をあてた研究会ですので、どうぞご参加ください。

・ 日程とプログラム:
 1. 6月30日(金)   最近のサステナビリティ動向のレビュー
 2. 7月22日(金)   長期投資家による企業評価
 3. 9月2日(金)    サプライチェーンでの対応
 4. 10月21日(金)  CSR情報の開示とレポーティング
 5. 11月25日(金)  持続可能な開発目標(SDGs)のその後
 6. 2017年1月27日(金) 人権リスクへの対応
 7. 2月24日(金)   価値創造につなげるサステナビリティ戦略

・ 参加費用:  企業1社あたり200,000円(税込216,000円) 2名様まで参加可

※詳細とお申し込み受付は下記サイトをご参照ください。
https://www.sotech.co.jp/info/1005