サステナビリティ倶楽部レポート

[第77号] 経団連はSociety 5.0をどこまで実現できるか

2017年11月17日

 

●科学技術政策が目指す超スマート社会
11月8日に経団連が企業行動憲章を改定したので今回はそのことを取り上げようと思っていたが、改定を語る前に経団連のSociety 5.0への関わりに興味をもったので、まずはこちらについて意見することにした。

Society 5.0は2016年1月に閣議決定された今後の科学技術政策の基本指針で、「狩猟社会、農耕社会、工業社会、情報社会に続く、新たな社会(=Society 5.0)」を目指すという。SDGsにばかり気を取られていた私は実はあまり関心をもってこなかったので、今回世界の流れであるシェアリング経済がもたらす社会構造の変化とあわせてSociety 5.0を俯瞰してみようと思う。

Society 5.0には「超スマート社会」という日本語の呼び名がついてはいるものの、両者が併存して使われているのでイマイチ広がっていないと感じる。前者のままではほとんど何も意味をなさない。そこで内閣府が長い言い回しでこの語を説明しているが、これでますます???になる。簡単にいうと、IoTやバイオテクノロジーなどの先端技術の革新を進め、こうした技術を活用することで今までになかったシェアリング経済社会を実現しようというものだ。

●工業社会の成功者は破壊される側になる
経団連では2016年4月にSociety 5.0のビジョンを策定、2017年2月には行動計画を発表している。これらを読んで、経団連が取り組むといっている活動はどこまでSociety 5.0の内容を実現できるのだろうか、と考えた。その3つの理由について述べよう。

まず、20世紀の工業社会を牽引してきた日本の製造業が、これまでのものづくり構造を大きく変えてしまう変革にどこまで中核でいられるか、である。
超スマート社会は、既存の制度や権益者の利害を破壊するイノベーションのうえに成り立っている。技術のイノベーションは日本企業の得意とするところだが、ここでのイノベーションはシェアリング経済に示されるように社会構造や制度のあり方を根底から変えてしまうものだ。Society 3.0や4.0の中心だったプレーヤーは5.0では破壊される側で退場。新しいリーダーが生まれるのが超スマート社会の未来像ではないか。

これができないならば、Society 5.0は本物とはいえない。イノベーションを唱えてはいるが、自らが破壊されてしまうイノベーションとなれば、それには後ろ向き、抵抗勢力となって阻止に回ることは目に見えている。

20世紀のエネルギー政策の基幹であった原発推進政策はその典型例だ。この先立ち行かない事態になっても変えることができず、エネルギーシフトが膠着した状況。技術上の問題ではなく、政策として進めてきた産業社会構造に組み込まれた様々な利権のために、リセットして白紙状態から再検討することができない。

トヨタがEVへの転換に積極的でなかったこともこの構造だろう。
EVテクノロジーを持ち合わせていないわけではない。この大転換をはかるということは、ガソリン車で長年築いた膨大な資産を否定することになる。バリューチェーン全体を破壊するそのインパクトが膨大なのだ。しかも自動運転やカーシェアリングにより車を所有するという考えそのものが変わり、将来の自動車販売台数が大幅に減っていく見込みだ。

シェアリング経済の代表例であるウーバーは、タクシー業界の利害と正面からぶつかる。白タクが禁止されている日本では参入不可なのだが、法規制の壁というよりも既得権益者と折り合えないイノベーションに阻まれたといえそうだ。それでも、タクシー業界が危機感を感じて配車アプリを開発したため、利用者にはこれまでより便利になったという波及効果はある。タクシー料金の破壊が起こっていない現状では、イノベーションは半分といったところだが。

20世紀の工業社会の遺産がこれからは無用の長物、会社にとっては厄介な「座礁資産」となる恐れが大きい。

●スタートアップ起業が活力に
次に、超スマート社会を実現する担い手は大企業だけでなく小規模なベンチャー企業の果たす役割が大きく、ここをいかにギヤアップするかにある。
様々なアイデアやチャレンジを試みるなかでイノベーションが生まれる。超スマート社会とは、生活者のあらゆるシーンを便利にしたり面白くしたりするもので、デジタル技術がそれを可能にしている。イノベーションの芽は組織のなかで生まれるのでなく、生活や社会のあらゆるシーンのなかにあり、そこにビジネスチャンスを見いだし事業化していくアントレプレナーシップがモノをいう。

経団連の姿勢は、大企業がイノベーションの先鞭をつけ中小企業はそのバリューチェーンに参加するという位置づけのようだ。新たなビジネスにチャレンジするベンチャー企業に投資し、それらとスマートに連携する・・・。こうした企業にチャレンジの機会を提供し、うまくいったらその成果をすくいあげるという事業上の対等なパートナーが期待されるのだが。

大企業は組織が硬直的になりがちで、リスクに慎重になって社内論理の調整に多くの時間を割くようになってしまう。ベンチャー企業を変化に適応するための活力因子として、社内に刺激や有機反応を起こさせる起爆剤とできるはずだ。自社のリソースだけに限るのでなく外部企業の活力を多いに利用して社内の意識改革をはかることも、新たなイノベーションのひとつだろう。

超スマート社会を推進する国々は、どこもスタートアップ起業を支援、後押ししている。アメリカはいうまでもなく、今や中国はアメリカに続くスタートアップ起業先進国になっている。世界の投資資金が集中している中国では、ベンチャーキャピタルの資金が得やすい。能力のある人は、大企業で役職を上がっていくよりも一国一城の主として起業し自分でやりたいことにチャレンジしていく方を好む。社員がすぐ辞めてしまうという嘆きをよく聞くが、日本企業の職場環境の不満というよりも、起業のチャンスと環境が日本よりずっと整っているので、チャレンジ精神が旺盛であればそちらにいくのは至極当然なのだ。

●やっぱり人間中心でしょう
最後のコメントは、経団連計画にはどうにも人間味が感じられないことだ。
Society 5.0とは「経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会」だという。このままただ高齢化社会や地方の過疎化が進むのを待っているのではなく、そんな社会でも前向きに暮らせる活気をもとう、ということなのだ。

人間に優しい社会とは、技術や仕組みのなかにヒトの感情や思いといった暖かみが加わって初めて実現する。Society 5.0はサイバー空間とフィジカル空間を高度に融合させれば人間にとって使いやすくなる、といった論調なのだが、システムや技術だけでこれが実現するのではない。

シェアリング経済はデジタル技術のプラットフォームがベースであり、成功するモデルには、プラットフォーム上に人的な共同のコミュニケーション意識が醸成できるという要素があるという。民泊システムのエアB&Bは単に部屋を貸すというマッチング機能だけでなく、部屋の利用を通して家主のおもてなし心やその地域ならではの趣向が感じられるところが評価されているという。利用者とのちょっとしたやり取りでも、コミュニケーションが生まれることが大きい。

超スマート社会は、サービス提供者は組織ではなく多数の一般個人が参加することで成り立つという。それには技術の高度化よりも、面白さや便利さがあり、人間的な暖かみが組み込まれたプラットフォームにしていくことが成功の要因だ。

●是非ニッポンの再興を・・・
さて、ネガティブなことばかり書いてしまったが、経団連の取り組みはもちろん重要である。そもそも破壊的なシェアリング経済に積極的になるわけがなく、医療技術、ビッグデータの解析やセキュリティなど、科学技術のイノベーションを重点にしているのだから。IoTやAIの開発や応用ではドイツのインダストリー4.0と連携する構想も進めているという。退潮の実状ばかり目につく日本の製造業を今一度再構築し、自信を取り戻してもらうよう願うばかりだ。

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