●世界で広がる現代奴隷
前号で日本国内の外国人労働者問題を取り上げたが、移民は世界で共通の非常に大きな問題になっている。サステナビリティ関係者の間では、現代奴隷(Modern slavery)という用語が特殊でなくなり、サプライチェーンの労働対応がクローズアップされている。それにはそもそもの背景である世界移民の実状やそれに伴う人身取引(Human trafficking)に目を向けることが第一だ。
日本では当然のようにこれまで受け入れてこなかった移民や難民だが、労働不足から外国人がいなければ経済の底を担う労働力が足りず、受け入れざるを得ないところでどうしたらいいか、との方向だ。
一方欧米諸国では、移民を積極的に受け入れてきた国が多い。そもそもアメリカが移民国家の歴史で成り立っており、国境を超えてくる外国人は人道的に受け入れるべきことなのだ。それがもうできない、どう制限するかというもので日本とは逆方向だ。
●移民流入に疑問符を投げかける欧米
世界情勢の不安から、大挙して自国になだれ込んでくる移民。一番大きな流れが、北アフリカのリビアからイタリアに入ってくる移民ルートだ。自国は紛争や気候変動など不安定で住む場所を追われ、ともかくヨーロッパなら住めそうだと逃れてくる。人々が自分で海を渡れるものではなく、ここに移送手配のブローカーが躍進する。彼らに金銭を渡して何とか船に乗り込む。こうしたケースが人身取引としてはびこっているのだ。
こんな背景を日本人はほとんど身近に感じることがない。自分のすぐ隣にある、自分も生活の被害者になる、という意識がわかないのだ。
移民は今に始まったことではなく、そもそもこうした外国人労働者はヨーロッパでも経済的に重要な働き手であり続けてきた。イタリアに長く住んでいたという知人にこの話をしたところと、「イタリアが地中海の国々で移民を受け入れる入口になっているのは、地理的な面だけでなく『ローマ法王の国』だから。キリスト教の博愛精神がベースにある。実際街ではアフリカの様々な人種、中国人、バングラデシュとイタリア人だけのところなどない。それがもう当たり前。」と言っていた。
そんなイタリアも、先ほどの総選挙で反移民、反EUを標榜するポピュリスト勢力が躍進した。国民は「もうほとほと何とかしてほしい」というレベルまできている。イギリスのBrexitに始まり、昨年のドイツ選挙でもメルケル首相の既存勢力が苦戦、どれもEUに懐疑的で反移民を唱えていることが共通だ。
●企業にはサプライチェーン対策を要請
こうした背景が、サプライチェーンの末端での労働問題の改善要請に繋がっている。2015年10月にはイギリスで「現代奴隷法」が施行され、現在は欧州各国を中心に各国での法制化に広がっている。日本企業も「法律」と聞いて随分と感心を持っているが、イギリス法では一定規模以上の企業は奴隷・人身取引報告を毎年発行するといういわゆる原則主義で、各社が報告内容を決定するというものだ。「報告(=情報開示)さえすればいいのか」程度の対応で終わりがちだ。
サプライチェーン全体で労働状況の監視を強める規制は、2012年にアメリカのカリフォルニア州において透明法が施行された。ヨーロッパでは前述のイギリスが先陣を切ったのに続いて、2017年2月にはフランスで大手企業に対してサプライチェーンの人権デュー・ディリジェンスを義務づける法制度が採択された。さらにオランダでもサプライチェーンでの児童労働に関わるデュー・ディリジェンス法が検討されている。いずれ遠くないうちに世界レベルでの枠組みといったものが整備されるのではないだろうか。
●人権問題解決のためのアクション求める
情報開示から、人権デュー・ディリジェンスの実施を企業に求める度合が強くなっていることに留意したい。今の日本人の感覚では、デュー・ディリジェンスを法律化されても形ばかりの人権影響評価をやり他社を睨みながらそつなく人権方針を作成し、人権配慮に関わる社内のマネジメントシステムを作ればいいか、程度の対応に収まるだけなのではと危惧する。
欧米で求められる人権デュー・ディリジェンスとは、社内の仕組みをつくればいいのでなく、社会に広がる移民問題や先住民族問題に向き合ってその解決を現場レベルで実戦していくことにあるのだ。
まずは欧米でそして世界で広がっている移民と人身取引の日常は他人事ではなく、世界が皆共有している社会・政治問題あることに目を向けることだ。