●ESG要因は株主価値に重要な影響を及ぼす
ESG投資への関心が広がり、会社の中ではCSRやサステナビリティに携わる部署だけでなく経営トップをはじめIRや経営企画の担当が口にするケースが見られるようになった。ESG要因は外部経済要因ではなく、株主価値や投資パフォーマンスに対して重要な影響を及ぼすようになっているとの認識だ。
今回は、投資家にとってのESG要因の位置付けをステークホルダー経営との関係で説明した記事(「ステークホルダー経営のエンジン?経営層・実務家に必要な思考法[第3回]機関投資家とステークホルダー経営」 NBL、1118[2018.3.15]号)の主要部分を一部要約して掲載する。
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●投資の意思決定へのESGインテグレーション
機関投資家の間でESG投資の議論を牽引してきた国連機関のUNEP-FIでは、2003年に「ESG要因は短期、長期ともに株主価値に重要な影響を与える」と結論づける報告書を発表した。その後法律事務所より「投資分析においてESGを考慮することは、明らかに許容され要請され、むしろ要請されるべきことである(=受託者責任: Fiduciary duty)」との法律的な論証を得たため、これに基づいて2006年に世界的にESG投資が拡大する基盤「国連責任投資原則 (PRI)」が制定された。
それから10年。2015年にPRIが発表した報告では、
「投資実務において、環境上の問題、社会の問題および企業統治の問題など長期的に企業価値向上を牽引する要素を考慮しないことは、受託者責任に反することである。」
と明確に結論づけている。
投資分析での社会、環境分野での分析ツールが未開発であったり、情報や評価方法が標準化されていない現状では、パフォーマンスへの影響の確証は難しいが、それでも投資家が投資分析と意思決定のプロセスにおいてESG情報を考慮する「ESGインテグレーション」を進め、ESG問題、例えば気候変動や労働者の権利、人口動態、消費者心理などを考慮していくことを推進しているのである。
●受託者責任と善管注意義務
機関投資家は、資産の保有者から資金を受託し保有者に変わって運用する。UNEP-FIでは、受託者責任について「他人の資金を管理・運用する者が自らの利益ではなく受益者の利益のために行動することを保証するための責任」としており、その内容として、忠実性(Loyalty)と慎重性(Prudence)をあげている。
日本では受託運用機関の注意義務とは、民法644条の善管注意義務の類推適用と信託法20条による、と説明する見解がある。dutyを責任と訳してしまったために義務という法律上の枠組みの要素がうすれてしまったが、受託者責任とはつまり善管注意義務と忠実義務のことなのである。
受託者責任と善管注意義務、もとは同じFiduciary dutyでありながら、日本語に訳す過程で意味合いが微妙に異なってしまい、そのため用語の持つ重要性が欠落してしまった。UNEP-FIが重視するFiduciary dutyがもつそもそもの意味に沿って、以下のよう認識するべきであろう。
「投資プロセスにESG要因を組み入れないことは、委託者に対する投資家の善管注意義務および忠実義務違反である。」
●ESG投資アプローチの相違: 欧州と米国
海外の投資環境に関し、欧米として西洋ひとくくりで動向をとらえることが多いが、ESG投資については欧州と米国で取り組みにかなりの差がみられる。ESG投資そしてCSRを世界で牽引しているのは欧州であり、この分野では米国のアプローチは限定的で欧州の後塵を拝している状況だ。
UNEP-FIの調査においても、「米国では、ほとんどの法律顧問や資産運用コンサルタントは、ESG問題を考慮することは運用リターンにマイナスの影響を及ぼすという誤った認識から、法律で求められるのは財務上のリターンだけに焦点を絞ることである、といった助言の傾向にある」というコメントが多くの投資家から得られている。
様々な分野で米国モデルは世界の先端をいくグローバルスタンダードの役割を担ってきたが、ESG投資については米国の取り組みは「時代遅れ」と批判されており、日本の金融界、産業界はステークホルダー配慮、CSRといった分野を含め欧州が牽引するサステナビリティモデルを参照すべきであるといえよう。
●企業経営者への示唆
このように機関投資家の間で議論されているESGインテグレーションの必然性とそこでのサステナビリティ要因の重要性の流れは、企業経営者への強力なメッセージである。投資家にとってのESG要因の考慮とは、企業にとってはステークホルダーに配慮した経営と置き換えて考えてよい。つまり、下記のようにいうことができるだろう。
「経営戦略や事業活動のあらゆるプロセスにステークホルダー配慮を組み入れないことは、取締役の善管注意義務と忠実義務違反である。」
CSRを社会貢献やコンプライアンスの文脈に限定して取り組むのではなく、事業経営にとって機会とリスク両面への影響を鑑みて戦略的に経営にサステナビリティ要因を組み込むことは、経営のメインストリームなのである。
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●投資家の認識を新たに
善管注意義務といえば、企業経営の中では取締役の責務の根幹として留意されている義務だ。取締役は会社側のメンバーではなく、株主に選任されて株主の代表として就任している。善管注意義務は、コーポレート・ガバナンスが重視される中で最も留意すべき行動の規範ともいえる。
ESG投資が広がっているものの、日本の実態はまだ投資家本人が一体ESGがどうパフォーマンスに影響するかわかっていない状況だ。ESGインテグレーションは投資の根幹になる義務との認識を強くし、中・長期投資での企業評価の見どころとして積極的になって欲しい。