●変わりゆく途上国
途上国でのビジネスといえば、BOPビジネスが思い浮かぶ。マイクロファイナンスや、農村の貧しい地域で小規模の事業をはじめる女性のグループというイメージだ。新しいビジネスモデルであることは確かだが、途上国といっても昨今では所得が上がってきており、貧しい人たちへのソーシャルビジネスOnlyと結び付けるべきではない。もっと多様な事業ポテンシャルがあるのだ。
成長著しい国々を今では新興国と呼ぶのが通常になっているが、BRIC諸国やそれと相応の経済発展を達成しつつある国々に比べまだそこまでいっていない途上国も変わってきている。今回はそんな国のひとつ、バングラデシュを訪問して考えたことをレポートする。こうした国々は政治力も経済力もBRICまでのパワーはないので、今話題になる新興国と区別するためにここでは途上国ということにする。
といって、途上国と呼んでしまうと貧困にあえぎろくなものも売っておらず、悲壮感が漂うイメージを思い浮かべる人の方がまだ多いだろう。今回3度目の出張になるバングラデシュ行きの話をすると、そんなところにわざわざ行くなんて・・・という眼で見るヒトが私の周りでもまだ多いのだ。
私がバングラデシュに足を運ぶのは、貧困救済や社会貢献のために行くのではない。途上国の社会問題を何とかしたいという思いはもちろんあるが、それよりもこうした国では、ともかくいい仕事を手に入れたいという得体のしれない意欲や、自分たちで努力していい社会をつくりたいという思いなど、ダイナミックなエネルギーが感じられる。私もそこで一緒に何かしたい、と思うから行く。
そのエネルギーを金儲けオンリーに注ぐのではなく、SustainableでResponsibleな事業モデルが実現できたらいいじゃないか。そういう思いでビジネスをしたい、という人がバングラデシュでは見つかる。そのプロセスを最初のステップからやってみる、そんなポテンシャルがありそうだ。
●BOPの前に現在のボリュームゾーン
新規市場として事業参入するには、そこでどのくらいの事業規模が見込まめるかをまず考える。よく途上国=BOPというステレオタイプで語られるが、途上国といえどもまず稼ぎ出せるマーケットは、ボリュームゾーンのミドル層向けのマーケティングだ。BOPの代表例で語られるのが、ユニリーバのシャクティレディ。農村部の女性による小分けした安価な商品の販売例だ。
ここだけフォーカスすると、同社のインドビジネスの収益が農村の貧困層だけで成り立っているように映るが、まったくの誤解だ。同社は通常のマーケティング戦略と同じく裕福なトップ層からミドル層をがっちり押さえ、日用品市場でブランドとシェアを確立している。
バングラデシュでも一般の消費者が行くスーパーマーケットの棚は、ユニリーバの様々なブランド商品で占められている。テレビコマーシャルも、ターゲットの消費者の視聴時間を買い占めているらしく、この会社のCMしかないのではないかと思われるくらい繰り返し独占的なCMが流れる。しかもいくつもあるCATVチャンネルのどれを回しても、同じユニリーバのCMばかりなのだ。このCM、若いモデルの女性がニコッと笑い、しなやかにゆっくり歩きながらさらさらの髪をなびかせる・・・といった清潔感と高級感を伝えるあたり、日本で流れるものと大差なく洗練されたものだ。
これだけ主要マーケットを押さえ「石鹸ならユニリーバ」を植え込んでいるので、「次の」ターゲットとしてBOP向けの商品開発やマーケティングが展開できるのだ。長く事業を展開している同社も、農村向けを始めた当初は薄利で貧困層に売ることに内部での反対も多かったという。特に欧州の本社では、「そんなバカげたことするな」というあしらいようだったそうだ。インドの社員が自分の国でのやり方を研究し、時間をかけてBOPのネットワークをつくっていったという。そんなこともミドル層マーケットで安定的に収益を稼いでいたからできたことなのだ。BOPはNext volume zoneなのであり、途上国でいきなり大企業が成功するモデルと考えない方がいい。
これからの途上国展開モデルとして、3階層で考えてみる。
1)フラッグシップ: トップ層に認知してもらう。
2)ボリュームゾーン: 中間層で大量販売し、収益を稼ぐ。
3)将来の市場開拓: BOPに対しては、徐々に所得が上がり将来購買力がついてきた時に手にしてもらう。
途上国での事業モデルも、他の新興国市場と同じようにまずフラッグシップを確立し、ボリュームゾーンでしっかり利益をあげることだ。BOP向けビジネスだけが途上国の問題解決になると思いがちだが、ボリュームゾーンへのマーケティングについても、儲け一筋でなく環境や人に配慮したCSRの姿勢で行うことがサステナブルな事業といえる。CSRを組み込むことが、長期的なビジネス成功のカギになる。何のことはない、日本企業がこれまでやってきたこと再確認なのだ。当たり前のことをきちんとやる日本人が信頼されるのならばこの評判を多いに活用し、現地の人たちやコミュニティにベネフィットを提供する事業を広めればいい。
●市場は創り出すもの
途上国では社会問題を放置していては市場開拓ができないので、まず課題解決に取り組むことから始めないといけない。日本人からよく「我が社の製品、売れますかねぇ?」と聞かれるが、多くの場合は市場がないから”NO”だろう。市場がそこにあるから参入するのではなく、市場は「創って」いくものなのだ。まず問題を取り除く作業をやる。それを一緒にやってくれるならば、その人たちの商品を買ってもいいかな・・。これが「市場」だ。
結果成功するモデルは、sustainable & responsibleなモデルということだ。ビジネスのネタが社会問題の解決にある、という見方もある。日本がまだ貧しかった頃に創業した企業の理念。あの時代と同様のやり方を、今流にグローバルに訴える言葉で表現したモデルだ。そして貧困層についても、次のマーケットとして事業開拓の視点がイノベーションにつながる。
●マイクロファイナンスより所得創出をもたらすマイクロビジネス
そこでNext marketとしてのBOPをどうやって開拓したらいいか。BOPといえばマイクロファイナンス(MF)だ。MFの果たす役割は確かに大きいが、一方で大きな問題も露呈している(第2号「曲がり角のマイクロファイナンス」)。
社会的な問題ばかりではなく、経済的にもマイクロファイナンスさえあれば農村は潤うという打ち出の小槌のような甘い話ではない。融資してもらったところで、自分で稼ぐというビジネスを手にもっていなかったら借りたお金を増やすことはできない。グループの相互扶助というが、ビジネスがないところでは助けあえない。そんなことをしているうちに返済期限が来て、何もできないうちに高金利で返さなければならなくなる。そもそもお金がないから借りたのだ。事業よりも食べるために使ってしまい、返すお金がなく・・・という悪循環だ。
当初うまくいっていたのは、牛や鶏を元手で購入し、乳搾りや卵売りで現金収入がはいるという仕組みだ。しかし、販売先がしっかり確保できていなければ収入は得られない。買い取りまで提供するファイナンスなどわずかだ。
グラミン銀行が画期的だったのは、牛のかわりに携帯電話を購入してもらい、通話料を収入とするモデルだった。しかし今は誰でも電話機をもっており、もうレンタル電話はビジネスにはならない。これに代わるビジネスをつくることが必要だが、それがないままにファイナンスだけが残っていれば、誰の目にも債務超過や多重債務に陥ることは明らかだ。
●日本企業もつかえる農村ネットワーク
こうした貧困層でも展開できるビジネスのネタは実はいくらでもあるのだ。日本という先進国で開発した商品を売ろう、という発想では何もやれないだけだ。私が訪問したNGOのD-Netでは、農村の女性を対象にした情報提供業務をシステム化して、継続的な所得創出モデルをつくっている。
ここでは、「Infolady」と称する女性たちが、パソコンをもって農村を自転車で回り、無線LANをつないで各種の情報を有償で提供する。各サービス(例えばパスポートの申請代行など)ごとに使用料金を設定し、収入が発生する仕組みだ。実際にこの仕組みでかなりの女性たちが独立しているという。
また創業資金も不当に高利のマイクロファイナンスからではなく、中央銀行の承認を得て認定の商業銀行から低利の融資をしてもらうパートナー契約をしている。安心できるファイナンスとビジネスの仕組みを提供することが、CSRを果たした継続的なビジネスといえるだろう。
日本企業には農村部のネットワーク構築がネックになるが、このInfoladyの仕組みを活用することで、自社製品のマーケット調査などがかなり効率的に行えるだろう。
将来の販売網として使えることも視野に入れ、地道な活動を積み上げているローカルな組織と連携していくことで、Sustainable & responsibleなビジネスをスピードアップできる。