●活況だった国連フォーラム
前号で日本の歴史や考え方の根本を取り上げたが、今号は全く逆の国際社会の動きについてレポートする。
12月2~4日にかけて、ジュネーブで国連主催のビジネスと人権フォーラムが開催され、参加してきた。昨年第1回の会合が開かれ1000人ほどの参加で盛り上がったが、2回目になる今年のフォーラムは1700人と大幅に参加者が増加した盛況なイベントだった。
国連指導原則を実践していくための年次会合で、その3本柱(国家の義務、企業の責任、救済)を軸に会議が進められた。参加側もState(政府)、Business(企業)、Civil Society(市民社会)の3セクターで構成されるマルチステークホルダーが集う。なかでも市民社会の参加が最も目立つ一方で、企業の参加は2割にもならず、まだまだ企業にとってとっつきにくいテーマだ。
●活発な市民セクター
市民社会の参加は、会議の場でできる限り発言して自分たちのプレゼンスを示す意味が大きい。開会、閉会ともに、基調講演だけでなく会場からの発言を受ける時間を十分に取っているところが昨年とは異なる。3セクターが順番に話していくのだが、市民社会の力が一番入っていることが伝わってくる。皆しゃべりまくるので発言者の持ち時間は2分と決められ、議長が厳格に進行していく。
テーマ別のセッションでは、その傾向がなお強い。
市民側の国籍はラテン系が多く、スペイン語もよく飛び交う。国連認定の言語で同時通訳が入るので、気兼ねなく話せていい。こういうセッションはIndigenous peoples(先住民族)が主要課題で、資源開発や土地収奪による人権侵害が問題になっている。
アジアの参加者は少なく、初日にアジアのセッションがあった時くらいしか話題にのらなかった。といって問題がないはずはなく、これから徐々にこのジュネーブにもやってくるのではないかと思った。
●国家レベルでのコミットメント
各国政府も、こうした市民からの強い声を取り入れる姿勢を示している。まだ先進国が中心だが法制度化が進みつつあり、こうした場でコミットすることが大事なのだ。市民社会からの批判を否定するのではなく、それを取り入れ前向きに手を打っていくことが評判構築になる。
欧州委員会では、欧州レベルで人権の取り組みを進めていくことを2010年に発表している。その一つに、加盟各国による人権への取り組み計画の提出が盛り込まれている。今回のフォーラムでは、イギリスが行動計画を策定したことを強く宣言していた。ほかにカナダも同様の声明を発表していた。
このような宣言は、先にやってしまう方が得策だ。後からずるずると手を挙げたところで、追随する者はインパクトが弱い。労力をかけるならば、早めに手を打つ方が評価は高まる。
米国政府も前向きに取り組んでいる。
欧州とはアプローチが違い、人権に関する個別の法律を制定するという方法をとる。既にドッドフランク法のなかで、紛争鉱物の情報開示を盛り込んでいる。その他に、ミヤンマーに進出する企業の人権についての情報を開示する法律が進んでいるとのことだ。
また州レベルでは、カリフォルニア州でサプライチェーン法が制定された。同州で操業する企業に対してサプライチェーンでの情報開示を義務付けるというものだ。これも指導原則ができてからの動きであり、消費者や投資家の関心が強いため制定にいたった背景がある。
指導原則のなかでは企業の範囲は責任にとどまるが、これを取り入れて各種の制度化が進むので、企業にとっては実質ボランタリーではなくなる。国連が時間をかけて合意を得て承認した原則なのであり、それだけ大きな影響力がある。ISOよりも重要で注目しておかなければならないものなのだが。
●ステークホルダーとのエンゲージメント
このような市民社会のなかで、多国籍企業は事業展開している。デモをするだけで「それはテロ行為」などという政府は、逆にはり倒されるだろう。市民の声が無視できない国際社会なのだ。日本の市民社会のイメージで海外市場に出ていくことは、危険極まりない。
国際社会でのステークホルダーとは、このように強力に主張する市民であり、争議や紛争また暴動にまで発展してしまう。一方政府は統治が不全で助けにならない。日本企業は、欧米の多国籍企業のように現地の人間やコミュニティを粗雑に扱うことはないとは思うが、きれい事でないことも多いはずだ。「三方よし」の良き企業風土をもっていても、こんな海外市場でどうやって進められるのか。日本企業も他国の企業と同じく、こうしたステークホルダーと向き合うしかない。それがエンゲージメントだ。
この問題を避けて通れない以上、日本企業も指導原則のポイントをよく理解して取り入れていくほうがいい。指導原則をよ~く読むと、企業にとって使い勝手のいいものになっている。その点は今後解説していきます。