●責任投資の世界での広がり
先日、責任投資のシンポジウム「Responsible Investor Asia 2014」に参加した。ヨーロッパの主催団体が東京で開催したものなので海外のパネリストも多く、最近の責任投資の動きを垣間見ることができた。
責任投資とは、「ESG(環境、社会、ガバナンス)課題を考慮した投資」だ。
SRI(社会的責任投資)とは識別し、財務リターンを重視しながらESGを組み込む投資として、金融機関の間に認識されている。投資家の行動が変われば企業経営にも影響するので、私も企業と投資家が集ってこのテーマを討議する研究会を2007年に開催し、この動きをまとめた。
「責任投資とCSRの新たな潮流」 〜ESGでのマテリアリティ〜
もう8年前になるわけだが、このレポートは今でも十分参考になるものだ。
ここでは企業側の「マテリアリティの特定」の考え方や手法も紹介している。最近マテリアリティ評価が何やら話題になっているようだが、これはGRI-G3ガイドラインが出た2006年に導入されたもので、ここでも取り上げた。またそのステップは、拙著「企業の社会的責任の基本がよくわかる本」で解説している。G4の今になって・・・という気もするが、まぁ何も進まないよりはいいか。
さて、この責任投資。世界では拡大を続け、ヨーロッパでは投資残高の49%、アメリカでは11%になるという。これに対して日本はたったの0.2%で、シンポジウムでは終始「日本は遅れている。もっと力を入れて拡大すべきだ。」の論調だった。
何だ、10年前から同じことをいっているじゃないか。SRIからESG投資に移ってからも、日本の投資家は大して変化してこなかった。
●年金基金運用へのインパクト
ところがここに来て、この流れを変えようとする外からのチカラが働きだした。
最大の資産規模をもつ公的年金の保守的な運用姿勢をこじあけようと、安倍首相がイニシアティブをとりだしたのだ。1月のダボス会議でジョージ・ソロスから持ちかけられ、「政府は、是非ともソロス氏の願いを叶えたいと思っている。」のだそうだ。
一国の首相の判断が一人の投資家の言葉でコロッと変わるのはどうかと思うが、旧態依然とした公的年金基金の運用は大問題だから、それはひとつ前向きに見ることとしよう。
これがきっかけとなって「責任ある機関投資家」の諸原則<日本版スチュワードシップ・コード>が急いで進められることになった。このコードは責任投資を推し進めるベースとなるもので、ここでの7つの原則のひとつに「・・・当該企業の状況を的確に把握すべきである。」がある。把握すべき内容として、「・・・投資先企業のガバナンス、企業戦略、業績、資本構造、リスク(社会・環境問題に関連するリスクを含む)への対応など、非財務面の事項・・・」とESG項目があがっている。
安倍首相の強い意向を受けて金融庁が発行したものなので、今度は実効性が期待されているようだ。環境省主導では難しかったが・・。
●「とりあえず」こじあける
これで何が起こるかというと、当面は「とりあえずESG要因を考慮しました」という「『ナァ~ンチャッテ』責任投資」が激増することだろう。
ESG情報を入手し、それを適当に使うだけでも、このコードを満たせる。本来は投資家の短期志向、財務編重のビヘイビアが変わることなのだが、そんなことはお構いなく「データ使ったので、責任果たしてます」だけの投資だ。ヨーロッパ市場の49%という数字も、多くはその程度のものだ。
これについて、ESG投資を早くから手がけてきた日本のパイオニア運用機関の方に聞いてみると、
・ いくら我々国内機関が唱えても大して取り合ってもらえなかった。結局日本は外圧でしか変わらないので、それならそのチカラに乗るか。
・ 「白でも黒でもたくさんネズミを獲る猫がいい猫」の理屈ですよ。
といった具合だった。金融機関の官僚的な風土や横並びで突出したがらないカルチャーを変えていくのは至難の業だ。ならば、こうした動きをポジティブに考えよう。またこのコードには企業との対話が盛り込まれているので、そこもうまくもっていけそうだ。最初はぎこちなくても、投資家と企業に接点ができることは歓迎だ。
●データではなく知恵を使った投資を
データ・スクリーニングだけの責任投資については、ヨーロッパでも課題になっている。
今回の基調講演は、イギリスの経済学者ジョン・ケイのとってもインテリなお話だった。Financial Timesにたびたびコラムを書いており関心をもっていたので、私は彼の講演を聞くために関係者に頼んで入れてもらった。彼のメッセージは、
「データ(Data)は情報(Information)ではない。情報は知識(Knowledge)ではない。知識は理解(Understanding)ではない。理解は知恵(Wisdom)ではない。」
というものだ。つまりデータではなく、知恵でもって投資判断をせよということなのだ。
「ほぉ、なかなかいいなぁ、ヨーロッパは皆そのようにやるのかな」と思っていると、投資家による実務パネルに移った途端に、「データ」や「情報」の話しか出なくなった。こんなわけで、日本でも責任投資を広げるにあたり、ESGデータ提供企業がこれから商売繁盛していくのだろう。
●ソロスvs ロジャーズ
最後に、ジョージ・ソロスの同僚でかつて辣腕をふるったもう一人の投資家、ジム・ロジャーズについて書いておきたい。両者は今ではかなり投資への姿勢が異なる。彼は現在の財政赤字を拡張する金融緩和策は根本的に間違いといい、日本の政策にずっと警笛を鳴らし続けている。私はソロスよりもロジャーズの意見を聞くべきと思っているので、参考に読んでみてください。
「世界一の投資家」に独占インタビュー ジム・ロジャーズ「日本経済に何が起きるのか、教えましょう」