サステナビリティ倶楽部レポート

[第51号] 生活者向けCSR開示 vs 投資家向けESGストーリー

2015年07月29日

 

●CSR報告だけでは解決できないCSR情報の開示

先週は、生活者・消費者に向けたCSR情報の開示と、コーポレートガバナンスでのESGという二つの研究会に関わった。企業にとって向き合う相手が異なる場合、それぞれにどう対応したらいいのか、その対比が面白かった。

 

まず生活者向けは、日経BP環境フォーラムのセミナーにて。

当初の依頼は、「消費者に読んでもらえるCSRレポートとは」。しかし、レポートをどうするかではなく、CSR活動を理解してもらうための情報開示、コミュニケーションを総合的に行うことが大事だ。レポートにこだわるのではなく、CSR情報を全体で体系化し、それをどう説明していくかをまず考えるべきで、そのなかでレポートという冊子媒体を有効に活用することだ。

 

またCSRレポートといえば、GRIガイドラインやISO26000などの枠組みを意識した「公式の」報告書をまず考える。ところがこうしたCSR報告書は活動全体をレビューするためのツールであり、特定ターゲットへの訴求には適さないのだ。

そしてマテリアリティの評価、つまり社会にとっての重要性と自社にとっての重要性の2軸でCSR課題の優先性を評価する方法が広まっているが、だからといって重要なCSR情報だけ開示すればいいということにもならない。

 

GRI自体がそのジレンマの歴史をたどってきた。

サステナビリティ報告のガイドラインの作成を2000年の少し前から行っているGRIだが、多方面の意見を取り入れるあまり、開示する指標数が膨大になってしまった。企業側だけでなくNGOからも評判が悪く、そこで2005年ころから「マテリアリティ」アプローチを取り入れることで、落ち着くことになった。

 

その後も評価機関などの要請から、企業は網羅的な情報開示から解放されたわけではなかった。結局、膨大なデータ開示との併存をとり、様々なツールや媒体を利用してニーズにあわせた情報開示をするようになっている。

 

●独自のサステナビリティ戦略を展開

今回「生活者」の視点でどんな情報開示されているかを、先進的な欧米B to C企業のウェブサイトから傾向を調べてみた。ともかく掲載の情報量が豊富で、ストラクチャーがしっかりしていてわかりやすい。そして自社の特徴に沿って課題を選定していながら、様々な分野の情報についても項目だてや階層構造を工夫して幅広く掲載しておおり、網羅性も満たされている。

 

各社で独自のネーミングをつけたサステナビリティ戦略を展開していることとも特徴だ。

・ネスレ → Creating Shared Value (“CSV”とはそもそも同社独自の戦略)

・ユニリーバ → Sustainable Living Plan

・マークス&スペンサー → PLAN A (補助的な計画や代替案を英語では”Plan B”というが、同社はサステナビリティこそ一義的な戦略だというメッセージが込められている)

 

また統合報告の発行は欧米企業でも進んでいるものの、だからといってサステナビリティ報告の発行をやめるわけではない。そうする企業もいるが、それは例えば製薬会社のように主事業が生命にかかわるビジネスで、社会性を切り離せないモデルの場合だ。ステークホルダーを大事にする企業は、統合報告とは異なる関心をもつ読者に向けたサステナビリティ報告は重要で、別途出し続けている。

 

●生活者に向けた開示の工夫

では、多様なステークホルダーへの対応のうち生活者に向けてどういう工夫をしているのか。上記企業のウェブでみてみると、様々なやり方がとられている。

 

・恒久的な情報をデータベース化:

報告書は毎年作成するが、多くの方は最新年度のものしか読まないのではないだろうか。

基本情報としてずっと継続するものは、ウェブ上でいつでもアクセスできるように残しておくことが適している。例えば、全世界で展開している地域活動について、DB化して検索機能をつけたり、世界地図からクリックして個別事例に入るなどの仕組みが工夫されている。紙面上の制約や期限に左右されず、膨大な量のケースを個々に説明するには有効だ。

 

・動画の活用:

レポートでは読み物風にストーリーで語るという方法があるが、ウェブではそれをさらに進め動画で「見せる」ことでさらに訴求できる。様々なステークホルダーを登場させ、社会との接点を強調するところも欧米流だ。

 

・SNSとのリンク:

FBやツイッターなどのメディアとのリンクで、新しい情報を流したりコミュニケーションを活発化している。ホームページの構成をタブレット対応にしている会社もあり、机に座ってじっくり読むサイトよりも、生活のシーンで手軽にアクセスして見てもらおうという意図が伝わる。

 

会場では、ウェブの活用はいい方法なのだが、企業の担当者からは「なかなかウェブまで来てくれない。生活の場で目に留まる、わかりやすい冊子が大事。」というコメントが。わかりやすい冊子として、「読み物」風にハイライト誌を作ったという事例は、なかなかいい取り組みだ。

 

生活者がウェブを見ていないとは思わない。問題なのは、製品プロモーションや販売促進、そして各種イベントや広告宣伝といった、生活者・消費者との接点になる社内部門や活動とうまく連携したサイトができていないのではないかと思う。CSRサイトへの誘導は、そのような内部のスムーズなコミュニケーションからできてくるところも多い。

 

●経済的価値につながるESG情報を

続いてコーポレートガバナンスに関するセミナーを弊社の研究会で開催した。

こちらでは、ガバナンスの専門家である ガバナンス・フォー・オーナーズ・ジャパンの小口俊朗氏とIR専門家のジェイ・ユーラス・アイアールの高山与志子氏をお迎えし、投資家の視点を伺う。世間で多数開かれているガバナンスのセミナーは取締役会の解説ばかりなので、弊社では海外のESGの状況もわかるお二人に、CSR担当者に向けたお話をしてもらった。

 

ポイントは、「ガバナンスのなかにESGやステークホルダーが盛り込まれたからといって、投資家のマインドが社会志向に変わったわけではない」。投資家の関心はあくまで経済的価値であり、投資決定の上で環境・社会要因の影響が大きくなっているので、その側面だけを知りたいのである。言い換えれば、経済的価値に関わらない情報には興味がない。たくさん開示されても、それは「ノイズ」でしかない。

 

投資家に向けたコミュニケーションのポイントは、断片的に情報を開示することではなく、経済価値に関する自社のESGストーリーを組み立て、それを説明していくことだ。企業側は、要請に応じて様々な情報を開示せざるを得ないので、どうぞ利用者側で自由に活用して料理してください、というスタンスがまだ多い。しかし投資家が知りたいのは、「ストーリー」なのだ。

 

では投資家に対するストーリーとはどんなものか?

これは会社の持続的成長のためにはESGへの配慮が不可欠だ、というロジックをもつことだ。ESGが利益を出す上での大事な手段であることを説明することなのだが、海外投資家の間では日本企業の説明が、「利益が出ないことに対する言い訳としてESGを使っている」と映るようだ。特に環境・社会について、投資家が重視する要因のみに絞り他は割愛するという割り切りが必要になる。

 

●ターゲットに応じたコミュニケーション

生活者向けと投資家向けを比較してみたが、そのコンセプトは共通するところがある。

つまり、ターゲットの関心に応じた内容を選別して、その関心に適切な方法で開示や報告をすることなのだ。そしてそれをパッチワーク的に個々のデータで掲載するのではなく、ターゲット層に話しかけるように「ストーリー」で説明することだ。

 

今や財務情報も非財務情報も1冊ですべての関心に応えられるものはないし、それを求められているわけでもない。複数の対象にそれぞれのコミュニケーションをとなると手間がかかるように思えるが、担当する側も伝達先の顔がイメージできる方が、やりがいがあるだろう。