●詳細なマニュアルに基づく現場監査
サプライチェーン上の労働対応の要請が強まるなか、欧米企業はサプライヤーのサイト監査の実施が定着している。そこで今月の研究会では、フランスの認証機関であるビューローベリタスからEICC(Electronic Industry Citizenship Coalition)の行動規範監査の実際を伺った。
EICCはアメリカを中心とする電子業界の団体で、現在116社が加入している。5分野からなる行動規範(労働、安全衛生、環境、倫理、管理システム)の運用状況について、リスクや改善機会を洗い出すVAP(Validated Audit Process)監査のスキームを展開している。監査を受ける前にサプライヤー各社は自己評価(SAQ: Self-Assessment Questionnaire)を実施しておく。EICCでは両者について詳細な評価項目を策定、公開している。
サプライヤー監査はアパレル業界が先行しているが、各社がそれぞれで独自に監査を行ったためにサプライヤー側では多数の基準や様式が錯綜するという問題を抱えてしまった。そこで電子業界では早いうちから統一基準をつくり、業界で共有する方策をとってきた。
このVAP監査、件数は既に500件を超えその半数が中国のサイトで行われている。監査の要求事項は非常に細かく、マニュアルは日本語にも訳されており全体で126ページにわたる。監査人はこれをひとつづつチェックしていくわけで、これだけ詳細に規定されているため監査人によるブレは少なくなる。利用する企業側としてはうんざりするような内容なのだが、今やこれが業界の基準になっているのだ。
EICCの特徴は、監査の対象として工場長などの経営側だけでなく、従業員や作業員へのインタビューを行うところにある。現場での状況を把握するために、働く立場の声を聞きチェックする仕組みになっている。パフォーマンスの改善に迫るもので、また監査人個人の資質や感覚など判断上のバラつきをなくす方策でもある。
●必須条件になっているサプライヤー監査
監査となると、日本人はすべてに適合していなければいけないと思いがちだ。しかしEICCメンバー企業も最初から満点を期待しているわけでない。健康診断のつもりで、まず現状を監査人の目で見てもらうことだ。不適合があった場合でも、レベルによっては9ヶ月の是正期間があるので、その間に対応すればいいくらいに考え、あまり構えずに着手した方がいい。
監査で不適合となるトップの項目は労働時間の超過問題で、長年の課題だ。1社だけで改善できるものではないので、EICCでは研修プログラムを提供するなど、共同で取り組むプロジェクトを組織している。
現地の法律を満たしていても、EICC基準の方が厳しい場合もある。EICCも各国の法律、順守率、現状を踏まえ調整する事例はあるという。どれほど運用マニュアルを精緻化しても、状況によって柔軟に判断しなければならない事態は避けられない。
また大手企業ではVAP監査だけでは不十分ということで、各社独自の監査項目が追加されるのが実状だ。EICCに集約しこれ一本でどこでも適用可能と考えて始めたものの、結局簡単には標準化できない実状にサプライヤー側は翻弄されている。
ここまで詳細な項目を徹底して行えるのも、電子業界は大規模な企業が多いので、監査に費用をかけられるからだ。EICC以外には例えば食品や一般雑貨などを中心としたSEDEX監査があるが、こちらは中小規模の企業が多く調査の工程数がかなり少なく簡素化しているということだ。
監査を依頼する企業は、ほとんどがアメリカ企業だ。日本企業がCSR調達に取り組みだして10年経つが、今でも調達方針を策定してサプラヤーにアンケートを実施する程度に留まっている。国外でこれだけ監査が定着し事実上のビジネスの必須条件になっているなか、カリフォルニア州の透明法やイギリスの現代奴隷法の要請で情報の開示が進めば、監査をやっていない企業の実状は明白になり、欧米との差が歴然としてくる。
●サプライヤーとの連携にも積極的
さらに監査で終わらせるのではなく、その先の取り組みとしてサプライヤーの「能力向上(capacity building)」、つまり労働者の研修・トレーニングにまで踏み込んでいる。
その先端をいっているのがインテル社だ。
同社では、世界に広がる1万9,000のサプライヤーに向けて研修プログラムPASS(Program to Accelerate Supplier Sustainability)を展開している。3年間で参加率は57%から79%に上昇、さらにサプライヤー向けウェブサイトを開設してe-learning研修や情報提供をするなど、徹底したフォローアップを進めている。
日本企業は従業員や取引先の社員を大事にするというが、今や欧米の先進企業の方が組織的、体系的にサプライヤーの育成を進めている。そしてそのことを積極的に発信している。これは監査や研修をリスク対応やコスト意識で行うのではなく、サプライヤーと協業することを強みとして新興国でのパートナー連携と信頼構築の戦略にしているためだ。後手に回ればそれだけ現地のプレーヤーと協業する余地が少なくなってくる。競争力に直結する問題として考える必要がある。