サステナビリティ倶楽部レポート

[第87号] サステナビリティ分野のマテリアリティ特定化への課題

2018年10月31日

 

●サステナビリティ要素の事業統合には程遠い現状
非財務情報の開示が広がっている。そうなってくるとただ開示すればいいだけでなく、その情報の内容や質も問題になってくる。そして開示する媒体として、統合報告の発行が一般的になっている。

統合報告は、財務報告を中心としてきた投資家向けのアニュアルレポートを基本としつつ、財務だけで説明しきれない非財務情報を開示するものだ。今年は300社ほどが発行している。意欲的に発行する企業は少数で、多くの企業は自分の会社にとって必要だから主体的に取り組むというよりも、情報開示の要請の流れだからではうちも、といって出していく企業がほとんどだ。

非財務情報の分野ではサステナビリティレポートの発行が定着しており、この情報をどのように財務報告に統合するかが一つのポイントだ。ところがこの統合がうまくされていないことが実状だ。

統合報告の流れはすでに3年ほど経っており、積極的に取り組む会社は様々な試みをしているのだが、どの会社を見てもサステナビリティ要素を事業戦略に組み込むところが大変弱い。最もよくみられる傾向が、最初の事業パートでは事業の話しかしておらず、後半のセクションでサステナビリティ活動の要旨を載せるというもの。これではただ1冊にしたというだけで統合とはいえない。

「マテリアリティ(重要課題)分析」は、様々な分野にまたがり広範囲となるサステナビリティ課題について、社会の期待と企業にとっての重要性の2つの軸で評価する手法だ。もとは会計用語から発し、GRIサステナビリティ・ガイドラインのなかで、サステナビリティ指標数が膨らんでしまって問題になってきたことから、課題数を絞り込むプロセスとして提案された。そんなわけで、サステナビリティ担当がよく使うステップになっている。

手法自体はもう10年ほど前から使われているのだが、実際のところこの活用の仕方がまちまちで、本来の意図で使われていないミスマッチが問題だと考えている。

●選定した課題が事業にリンクされていない
評価軸の一つが企業にとっての重要性なのだから、マテリアルだと特定された項目は事業活動やビジネスモデルの中にも反映し組み込まれていくべきだ。ところがこの評価結果がサステナビリティのページだけで扱われており、事業の説明ではまったく触れられていないことの方が多く何もリンクしていない。

GRIの意図はサステナビリティの事業への統合でもあるのだから、このような使い方は本来の方向ではない。特定に至ったプロセスはしっかり書かれているが、その後事業にリンクせずに形式だけで終わる分析だったら何の意味があるのか。

こういうアプローチは、投資家にとってはまったく不毛だ。「特定した課題を事業に取り込んで競争力を強化していく」などと書いている会社もあるけれど、どこにどうつながるかが何も説明できていない。投資家が求めるマテリアリティとは、「ビジネスモデルの持続性に影響を及ぼす重要なリスクと機会の課題」なのだ(機関投資家協働対話フォーラムのエンゲージメント・アジェンダ参照)。
「ビジネスモデルの持続性に関する重要な課題(マテリアリティ)の特定化と開示」
https://www.iicef.jp/pdf/jp/pdf_jp_20180115.pdf

この状態を見るだけで、サステナビリティ部門と事業部門/経営企画・IR部門が連携できていないことがわかる。結局重要課題といっても、社内ではサステナビリティ担当だけで閉じた議論をしているのだろう。外部識者の意見は聞いているようだが、社内の主要部門が入っていないならばますます社会側の判断になるわけで事業の評価ができるはずがなく、あまり意味がない。マテリアリティ分析など言わずに自社の業種に照らした一般的な判断だけで十分ではないか。

●事業収益につなげるものと経営基盤を固めるものが混在
ここで評価する課題とは、SDGsにあがっているような社会における課題の項目だ。それらが企業と社会にどんな影響を与え合っているかを特定していくものだ。企業にとっては、「社会の課題が事業収益に影響する」という面で事業の機会とリスクの両面で関係してくるので、それをどう対応していくかにある。

ところが特定したものを見ると、品質管理、安全管理、労務管理など「経営にとって必要な管理項目」である基盤のマネジメントとして展開しているトピックを持ち出しているところがある。
これらはそもそも経営には絶対必要な土台のもので、この領域のものはマテリアルである以前に最低限のものだ。そして問題が起きた時やあらたな対応課題がある場合に、そこを重点に加えればいい項目ではないか。

事業収益を左右する要因と基盤要因を識別していないのは、サステナビリティの要因について体型的な整理をしていないことの表れだろう。その課題が事業機会を生み出す要因なのか、会社として管理して徹底しておくものなのか、それはバリューチェーンのどこで発生するのか、といったことが基本で整理しておくことだ。

これもサステナビリティ担当と事業担当が連携していなければ、整理の体系ができない。経営の実情を理解しないで特定したものは、事業モデルに入れ込まれない。さらに特定した課題が何やら曖昧な内容、例えば「事業を通じた社会への貢献」など、もう何でもありなのだ。
 
●一般的で大まかな分野や課題の捉え方で、より明確なトピックに絞れていない
投資家の視点を理解すれば、多くの会社のマテリアリティが広範囲すぎて絞りきれていないという声にもうなずけるだろう。「環境」や「消費者」といった大項目ではわからないし、「我が社では6分野40項目を特定しました」という記述を見るともう・・・。

分析担当者にしてみれば、自社の業界に関係するサステナビリティ課題を整理したということで「一般的なリストではなく自社に特有だから」ということなのだろうか。でもこれでは投資家のいうマテリアリティの意味がとかなり違う。こうした意識の違いがサステナビリティとIRの溝をつくり、投資家の理解も得られない。

●目指す姿や会社のサステナビリティ戦略分野とマテリアリティ課題が混在
マテリアリティ特定は、社会側の見解と企業側の見解が重なり合うところ、つまりステークホルダー思考のサステナビリティ対応と企業が進める事業の説明をつなぐ部分のはずだ。投資家の視点からみれば、事業に影響する社会課題が絞り込まれるプロセスを期待する。

投資家向けには、事業を主語にしたストーリーで戦略やモデルにサステナビリティ要素がどのように入り込んでいるかを説明することを心がけることだ。それがサステナビリティ戦略だ。機会であれば「自社の価値創造・競争優位の源泉を活用した新たな事業を展開できるSDGsの領域」、リスクも同じ考えでマイナスの影響を特定して説明していくことだ。

マテリアリティ分析自体が不要だということではない。環境・社会課題に真面目に取り組んでいながら、それが事業から離れてしまって自社の強みの説明になっていないことが残念だし、余分な労力をかけてしまうため逆に「わかりにく」と評価されてしまうことがミスマッチなのだ。
もっとコツを掴んで会社の将来戦略の構築とその開示につなげていただきたい。