● マテリアリティ: 立場が異なる認識ギャップ
前号でサステナビリティでのマテリアリティ分析の課題について書いたところ、反応が分かれて興味深かった。なので今号は続編として、もうすこし深掘りしてみたい。
そもそもマテリアリティとは会計の用語であり、これに従ってIIRCでは「組織の短、中、長期の創造能力に実質的な影響を事象」と定義。つまり業績といった経済面に焦点を当てていて、これに関心を持つ投資家を対象にしている。
一方GRIで勧めているサステナビリティ報告でのマテリアリティは、「ステークホルダーの評価や意思決定に対して実質的な影響を及ぼす項目」で、ステークホルダーが関心を持つ社会的側面に対象を置き換えた概念なのだ。同じ用語なのに立場が違えば「何にとってマテリアルか」が異なるので、出てくる結果や解釈が違ってくる。
それでも私はマテリアリティ分析が企業の社会面と経済面のギャップをつなぐもので、問題が生じるのは概念の適用の仕方ではと思ってきたのだ。そうではないところを何とかしたいが・・。
●日本の対象は投資コミュニティがトップ
日本とは格段の違いで欧米では市民社会からの監視や圧力が強く、企業は責任ある行動を促されている。そのためのツールとして、この分析手法は欧州で考え出されよく活用されてきた。ステークホルダーへの対応が重要になってくるので、社会と企業それぞれの重要度の2軸で示したマテリアリティマトリックスが彼らと対話する上でより良いツールとなって来た背景がある。そんなわけで、もともとこの手法は社外とのコミュニケーションツールであって、社内の他部門と事業を協議するものではないのだ。
日本では市民社会の圧力があまり強くないので、そこまで必要とされていない。(財)企業活力研究所の調査では非財務情報開示のエンゲージメント対象として、投資コミュニティ(投資家と格付け機関)がダントツであがる一方で、NGO等の市民社会は非常に少ないという結果が出ている。それだったらこんな分析しなくてもいいだろうに・・・。
それよりも、統合報告にサステナビリティも要約して記載する必要が出てきたので、この分析が掲載上うまくマッチするということで広がったのだと思う。社内の他部門と連携する必要ないままに、しかも本当の意味のステークホルダーは不在で、つまり課題を整理するために使われているのが実情。私が指摘する問題の箇所だ。
●マテリアリティよりも事業の機会とリスクの軸できる
一方で事業マテリアリティの方は、あまり表に出て来ていない。IIRCではリスクと機会といった事象について、組織の戦略、ガバナンス、実績や見通しなどに影響するものを評価していくものだ。この分析の中にサステナビリティ要素を入れることが統合報告で求められる分析であり、これがESGインテグレーションといえるもののベースだと思う。
否定的になってしまったが、今やった分析を戦略よりに説明して行くことで、事業の観点から筋が通るようにもなる。例えば、分析されたステークホルダー対応の課題を、事業の創出に関わるもの(機会)と事業リスクになるものとに分けていくだけでも事業視点の説明と納得できる。あるいは、収益を生む要素と事業基盤になる要素という分け方も考えられる。
このアプローチでサステナビリティを事業の中枢に据え、それをうまく報告する会社がいくつも出ている。
・ 味の素のASV(Ajinomoto Group Shared Value)
・ 日立製作所の社会イノベーション事業
・ オムロンのソーシャルニーズの創造に向けたドメイン設定 など
サステナビリティ要素を分析して関係するものを事業にあげるというボトムアップ式ではなく、経営の重要事象に社会要素を位置づけるもの。社会の変革を取り込まなければ企業は存続できない、という意識が伝わってくる。社会というと、企業が貢献してやってあげる対象のように思われるが、ここでいう社会は「激変・混沌する市場の変革」といったものまで含む。その変革要素に挑戦していく企業側のイノベーションが問われる時代を反映している。
イノベーションの必要性はICT技術だけではない。ICTはネットワーク社会の基盤であり、あらゆるものづくり企業にも必須のことだ。この変革にはサステナビリティ要素が関わっているのであり、自社の事業に関連する要素がイノベーションのドライバーになると次第に考えられている。
●サステナビリティを全社で徹底討議
そんな変革が、サステナビリティのマテリアリティ評価の手法自体にも影響してきている。欧州ではこの手法は始まって10年くらい経ち定番になっているが、これまでのやり方はもう古くて新たなアプローチが必要だ、といわれ出している。
最近話題を呼んでいるトピックは、ノバルティス社が従来の手法では現在の状況を反映できないとして、自社オリジナルの発想で評価方法そのものを刷新したケースだ。2軸のマトリックス手法もやめて、自社内の事業担当者との検討を積極的に取り入れたもの。
まず社員1000人にウェブ調査を行い、続いて外部の様々なステークホルダーに対して調査票(受領回答数189)とインタビュー(30人)による調査を実施した。その後に社内の関係部署と深掘りした戦略の討議をし、以下の4つのマテリアリティを決定したものだ。
・ Access to Health
・ Patient Health and Safety
・ Ethical Business Practices
・ Innovation
これをサステナビリティ戦略の柱とするとともに、重要な事業上の課題として社内で認識している。
●マテリアリティ2.0への発展
ノバルティスのこのアプローチはサステナビリティ界では画期的なものとして着目されている。取り上げる課題についても、GRI指標にあるような一般的な課題リストばかりでなく、デジタル社会での破壊的(disruptive)な変革に自社モデルを転身(transform)させる要素がサステナビリティの中にも込められていることを感じさせる。これはもう社会とか環境とかいう経済の外部要因として片付けられるものではなく、自社のビジネスをどう適応して自社自身が変わっていかれるかの戦略上としての要因になっている。
マテリアリティ評価が時代に合わなくなってきたならば、型にはまった手法に変化を取り込み自社の経営にフィットするように内容を変化させていけばよい。評価のやり方を発展させバージョンアップした「マテリアリティ2.0」で、社内での意識醸成にもうまく活用していくことだ。
多くの会社が従来のビジネス活動からこの先の環境に打ち克つ変身モデルを検討しているのに、統合報告やサステナビリティ報告では型にはまってそこに情報を入れ込んでいるだけのケースをよく見る。そんな形式にこだわらずに今後のビジョンを示すこと、これには必ず将来に向けた社会変革や企業の基盤を固める要素としてサステナビリティが関わってくる。投資家も各社の特徴が出てくる開示を求めており、それに成功した会社ほど評価が上がるという良いサイクルがもっとできてくるだろう。
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