サステナビリティ倶楽部レポート

[第94号] 現場の解決まで含めた「広義の」デューディリジェンスを

2019年05月30日

 

  • 木材のデューディリジェンスガイド策定

デューディリジェンス(DD)は、企業のM&Aなどで企業価値を評価する際に用いられる手法だが、サステナビリティの分野では「組織が及ぼすマイナスの影響を回避・緩和することを目的として、事前に認識・防止・対処するためのプロセス」という意味で使われている。DDの概念は、鉱物資源の調達や人権侵害のリスク対応措置として浸透してきているので、この分野に関わる担当者ならばおおかた頭に浮かぶだろう。DDといわなくても、アパレルや電子業界のサプライチェーンのモニタリングをこの中に含めると実際にはかなりやっているところが多い。

 

この仕組みを木材の分野でも実施しようということで、森林減少・劣化に影響を及ぼすリスクに関するDDを、NGOがリーダーシップを取って進めている。先日そのセミナー「SDGs時代の木材サプライチェーンの新潮流~持続可能な製品市場に対応する木材デューディリジェンスとは?~」で話す機会があった。

 

主催団体で木材DDのガイダンスの作成を進めており、近々発表されるということだった。他の業界がやっているといっても、自然資源の調達となればまた観点が変わってくるもので、業界の特徴を盛り込んだガイドは企業にとってもありがたいだろう。導入が広がることを期待したい。

 

  • 社内の仕組みづくり(=狭義)を超えたDDとは

ガイダンスができるならそれを活用すればいいことなので、私はそれを超えた考え方を提示することにした。DDといえば、社内の仕組みを構築し、それに製品の認証制度やサプライヤーの監査・モニタリングといった外部機関の体制に参加することが取り組みの枠組みだ。だがこれは「予防的」な措置であり、問題を解決するには十分ではないのだ。私はこれを「狭義」のDDと呼び、他業界を参照にこれから必要な「広義」のDDについて話した。

 

「広義」のDDとは、問題が起こっているその地域の実状解決まで実践することであり、つまり社外へ働きかけることだ。4つの取り組みを考えてみた。

 A. ステークホルダーエンゲージメント

 B. サプライヤーの能力開発

 C. 実際のサイトでの対策活動

 D. 救済措置

 

A.は改めていうこともないだろうが、ここでいうステークホルダーとは一般的なものではなく、会社にとっては厄介な問題を指摘してくるような「利害のある」関係者に向き合うものだ。なかなか一企業の事業ではやりきれない難題にも、我慢強く取り組まねば、という意識をもち今までのやり方を変えていくことだ。

 

B.は人権・労務問題への対策として、欧米のアパレルや電子業界ではかなり進められている。自社サイト内の作業員だけでなく、資本関係のないサプライヤー先でも研修活動を行うものだ。

取引先との連携は日本の製造業では昔から大事にされてきたといわれるが、本当にそうだろうか。ビジネスモデルが自前から外部委託製造に移り、効率中心で材料や部品の購入が広がってくれば、サプライヤーへの教育まで及ばなくなる。これはどの国も同じ外部環境で、その中で改めてサプライヤー教育が重視されているのだ。現在の国際競争環境の中で、人権に焦点を当てたサプライヤー教育が「責任ある行動」として求められている。

 

B.はヒトの調達プロセスに焦点を当てたもので、モノの調達に当てはめたケースがC.だ。事例としてあげた取り組みは、NGOとともにパーム油小農家を支援している活動だ。パーム油農園の現場では小規模農家が多く、彼らの生産性の低さが指摘しされる。そこで、農園運営のノウハウを提供する現場主導のNGOと連携することで、実際の問題解決を行おうというものだ。

 

D.は、現状起こっている現場の問題対策をするものだ。企業がいくらDDを行っていても、これは事前の予防措置でしかない。事後的な対策である「救済措置」は両輪の仕組みづくりで、苦情処理システムともいわれる。それもただ苦情を受け付けるのではなく、現場の問題解決と再発防止まで行動を起こすことなのだ。

 

その事例として、タイ水産業での移民労働者について、強制労働からの救済、倫理的商品調達チャネルの開発を目的に設立された「Project Issara」を紹介した。これは英国小売業が主導となって官民連携で対応する取り組みであり、本レポートでも「第90号 コレクティブ・インパクト: 自社だけで抱えることではない」 で紹介した。

 

現場の移民労働者のスマートフォンにアプリを提供し、各種情報提供とモニタリングを実現するシステムだ。末端の労働者と直接つながるので現状が把握でき、ここから上がってくる情報を企業にフィードバックし、また行政に働きかけることで今まで見えてこなかった状況の救済措置を実現している。

 

  • 「現場の火消し」ができて初めて予防に

「まだ社内のDDですらできていないのに・・・」という声が聞かれそうだ。

だが社内ができてから社外という順番とは限らない。むしろ社外の問題、実際に問題の広がる海外の現場から発した指摘が思わぬところから飛んできて、そこから対応が始まることが多い。NGOからの指摘が日常的な欧米では、「広義」まで行うことがかなり定着している。これから始める企業の皆さんも、手順に従うだけでなく社外に働きかける必要性を同時に理解したほうがいい。