●リーガルリスクとしてあがる労働問題
先日参加したブルームバーグのアジア経済セミナーでもっとも関心あったのが、弁護士の方のお話だった。中国やアジア諸国への企業進出が加速するに伴い、法務アドバイスのニーズも高まり、大手弁護士事務所はアジアのサービスを強化している。そのひとつアンダーソン・毛利・友常のアジア中国担当パートナーが話す「アジアでのリーガルリスク」。
契約や税務など数々のリーガル分野に並び、「労働」のリスクも併記。その具体的な項目「労働紛争」は、CSR界でいう人権課題である。争議が起こった場合、会社はまず現地の労働法に触れているかどうかを確認するため、弁護士に相談する。弁護士は、その国の法律に照らしてそれを遵守するレベルを判断するのが仕事だ。大方の日本企業はそのレベルはクリアしているから、「日本企業は社員を大事にしてます」と胸をはる。
しかし実際の問題は、それでもデモやスト、さらには暴動が起きる昨今の事態だ。助けを求めに弁護士に駆け込んでも、「法律の解釈では○○です。その範囲ですから、リーガル上の問題はありません」としかいってくれないのだ。わかっていてもどうしようもない事態を一緒に考えてほしいのに、こんな時法律解釈一点張りだとかなり冷酷に感じる。企業弁護士に人道的なサービスなど求めてはいけない。
複雑なサプライチェーン、ダイナミックなグローバル化などビジネスの現状が急速に変化しているものの、国の法律はそれに追いついていない。それでも弁護士は、「追いついていない法律」の側にしか立てない。暴動への対策はよそに行ってくださいというわけで、世界中どこに行ってもヤクザや反社会勢力がなくならないのはこういう理由なのだ。
ならば第三者機関に法的に判断してもらおう、と裁判所に持ち込もうと考える。しかし次の問題は「裁判所の腐敗」。裁判が機能していないことを、このパートナーも指摘する。ここでも正当なルートでの解決が見込めず、「こんな状況では我々では対応しようがなく・・・」と弁護士お手上げ状態なのだ。
幸い裁判所がきちんと動いていても、落とし穴はある。あぁヨカッタ、と裁判所を味方につけて主張しようと考えるが、裁判には政府の圧力で、誘致したい企業に有利になる判定をするよう圧力がかかることが多い。会社に有利な判決が出ても、不透明な判決に不服な社員や世論が、反対運動を強めるケースもよくある。こうなると暴動やNGOからのアタックにエスカレートしてしまうので、なかなか収まりがつかなくなる。裁判に勝っても、工場は動かず世間からの評判がひどくなってしまったら、ビジネスには不利益を被る。
●新興国での人権リスクがカギ
現地労働法をクリアしていても起こる労働問題。これが人権リスクの中核だ。今世界で問題になっている人権課題をみると、どれも弁護士に頼めるリーガルサービスを超えた経営上のリスクだ。
1)サプライヤー工場の労働問題
2)契約社員や派遣社員の待遇問題
3)問題になっている業種への無差別攻撃
1)はフォクスコンの例が典型だ。世界中でヒットしているiPadは、こうした委託工場の労働者によって作られている。日本企業にはこんな劣悪なことはないから、と皆他人事と思っているようだが、むしろ危ないのは日系のサプライヤーだという。欧米企業に供給しているサプライヤーは90年代から顧客企業が要請する労働監査に対応させられてきたため、それなりの対応をしているという。実態がどのくらい遵守しているかは別にしても、人権リスク対応がサプライヤーにまで問われることを経験している。
その要請がなく今まで来た日系サプライヤーはどうか。「日本の」ということにこだわっていては、ローカル化が進まない。管理職を含め、ローカル人材を採用することは必然だ。そのために海外移転しているのだから。現地の操業では「日本の」も「現地の」も違いはなくなり、労働者へのしわ寄せは同じように広がっているはずだ。サプライヤーに労働監査を強要することをよしとはしないが、その結果人権対応について脇が甘いという評価になることには納得してしまう。
インドネシアなどあちこちで労働者のデモが頻発しているが、その多くは2)のケースだ。日本国内の状況と同じく、会社は非正規社員の活用で人件費を抑える。しかし労働法は正社員しかカバーしていないのでここが空白になり、不満がここに集中する。日系企業の操業もこうした社員の従事で成り立っているのだから、この人権リスクはどの会社も持ち合わせているものだ。
といって、誰でも正社員にするわけにはいかない。派遣社員は派遣会社の雇用責任なので、そこに立ち入ることも範囲外だ。これもサプライチェーンの影響の範囲ともいえるが、国によっては政府が認可する派遣会社を使うように指示されることもあり、全く合法的な雇用になるのだ。私からは、それでもやるべきだとはいえず、世論や周辺企業の動きをみて、ということになる。
さらに資源・エネルギー事業の上流の現場など、人権侵害をずっと繰り返している業界については、その業界というだけで世間から攻撃の対象になるリスクも大きい(3)のケース)。こうした地域は政情が不安定で統治の効かない国が多く、日ごろからうっ積する政府への住民の不満をぶつけるはけ口となっているだけに、対応は厄介だ。
●CSR部門もグローバル化
それでは、こうした事態に企業はどう対応したらいいのか。人権リスクは新興国リスクであり、CSRの範囲というより経営上のリスクととらえることが第一だ。CSR担当者だけで対応するものではないので、経営がこの点を理解することだ。そのうえで、従来のリーガルリスクでは対処できない社会的なリスクとして、これはもう現地で問題を顕在化させているステーク(=利害を)ホルダー(=持っている人)と対応することだ。それが本当のステークホルダー・エンゲージメント。できれば問題が起きる前に起きそうな事象や地域を把握し、キーパーソンとコンタクトしていくことに尽きる。
このところCSR担当者から人権課題への対応策について聞かれることが多くなった。ISO26000に沿ってレビューする活用が広がっていることもひとつの理由だろう。そこでデュー・ディリジェンス(DD)をしなければとなるようだが、日本国内のCSR担当だけで人権方針をつくったり、ましてDDのプロセスを追うということがいかに意味がないかということは、今回のレポートを読んで分かっていただけたと思う。
CSR担当がやることは、まず会社内で人権リスクのありそうな新興国サイトを調べあげ訪問し、現地担当者から事情を聞いてどんな状況かを知ることだ。CSR部門のグローバル化なしにこの対策は行えない。
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- お問合せ: CSRアジア東京事務所 japanoffice@csr-asia.com