●自然資源の重要性に世界が関心向ける
自然資本を評価しようという試みが、世界でじわじわ広がっている。政策展開や地域の環境保全の立場から企業活動での把握まで、レベルは様々だ。何も新しいことではないが、これまで自然保護とか環境保全といわれてきた活動を「見える化」していこうという動きなのだ。
自然資本の評価と聞いて、私は「そこにある自然の価値」を何からの方法で計測することだと思っていたが、それだけでなくもう少し広い。先日弊社の研究会でこのテーマを取り上げ、日本総合研究所の足達さんに世界動向をお話しいただいたところ、産業や経済と関係して自然資本を捉える場合、その概念には3つの形態で整理されていた。
まず、「国民経済計算システム」のレベル。国家単位で生態系の経済価値を評価しようというマクロのアプローチで、国連も率先して進めている。特に途上国では、その国のもつ自然を金銭価値で評価して国の競争力や富の配分に有利になるように、との思惑から熱心になっている。国の経済成長のために、長期的に資源を確保していくためのリスク把握として行っていることが大きい。例えば中国は実際に資源の減耗 (水資源の枯渇、PM2.5等)に直面しており、危機意識が強くなっていて世界中の資源確保に動いている。こうした乱開発を許さないため、中国の様な国への牽制力として評価を要請することも、自然資本の評価の目的といえる。
次が「業種別の経済活動」のレベル。ある一定の産業活動のために享受している生態系サービスの量を金額的に把握するというものだ。
最後が「企業活動」のレベル。自然資本会計といわれるアプローチで、自然資本への負荷を金額で表示することが代表的な事例だ。事業活動が自然に及ぼす影響を明示的に把握し、経営管理を有効に進めようというものだ。統合報告の枠組みのなかで6つの資本が唱えられ、そのひとつに「自然資本」が取り入れられた影響もあって、企業側の評価アプローチが広がっているところがある。
●自然資本評価の方法
企業活動レベルで具体的にどのような評価をしているか、という点を今度は三井住友信託銀行に話していただいた。
まず自然資本を大きく5要素(動物相、植物相、水、土壌、大気)に分けて考える。このうち現在企業経営で使われているのは、計測・計量可能な後者3要素の評価だ。つまり自然資源のなかでも、水使用量、GHG排出量、土地利用面積をアウトプットとして算出するという。将来的には価格づけをして、金銭換算を目指している。
このようなアプローチを伺うと、以前多くの企業が実施していた環境会計が思い出される。環境省が環境会計ガイドラインを策定して開発と普及に力を入れていたので、一時はどの会社も環境報告書に開示していた。しかし、計算に手間がかかるものの効用がはっきりせずあまり意味がない、ということで今はやめてしまった会社が多い。
当時の環境会計との違いは、ガイドラインが企業経営全般を対象にしていたことに対し、こちらは自然資本の棄損の把握または便益をどれだけ得ているかに焦点をあてていることだ。また自社内だけでなくサプライチェーン、しかも世界全土でのサイトまで含めて把握することが特徴だ。設定している各国、各地域の係数をもとに、各社の調達データから算出する、というものだ。
●評価の目的と海外企業の使い方
ここでの評価はかなり大まかに捉えるという感覚があり、正確性を重視した評価とはいえない。しかし重要なことは、世界のどの地域やどこのサプライチェーンに自然リスクがあるか、を把握することなのだという。自社サイトが立地する地域の自然資本がどのくらいで、それがどの程度経営にリスクをもたらしているか、といったことが数値でビジュアル化できる特徴がある。まずは健康診断として、経営判断のために活用しようという目的が大きい。
日本人は評価となるととてもまじめで、数値の精緻化にばかり関心がいってしまいがちだ。これは正確なのか、網羅しているのかなど疑問に感じる点が多く、政府も、企業も、国民も今世界がやっているような評価方法は腑に落ちないようだ。やるとなった場合、計測そのものが目的化して、何のためなのかわからなくなる。しかしもともと評価が難しい分野なのだから、経営層にリスクを知ってもらうための説得材料として、経営者が関心をひくコトバで語るための武器として使えばいいという。例えば、新たな事業展開で新しい地域に拠点を出すときに、そこにどんな自然リスクがあるかがわかる、といった使い方だ。
欧州では、 “考え方” として計測する試みを大事にしており、正確か、網羅しているか等まで気にしていない。このアプローチを積極的に取り入れて試算したのが、プーマ社の「環境損益計算書」だ。スポーツウェア会社は市民社会からの情報開示要請が強いことから、同社は環境情報の数値化を公表した。世界各地域でのサプライチェーンでの自然資本を数値化していく姿勢が、評価されている。自社内での経営では、調達ルートでのリスクを見つける場合などに活用している。
評価や計算自体を目的化せず、経営を説得するために使う、良さそうなところを引っ張ってくるという具合に使い勝手を考える方がいい。
●「やっている」だけでなく、その公表が評価される
日本企業の間でも、自然資本への関心が広がってはいるようだ。2月に環境省がこのテーマで開催したシンポジウムにも、多くの企業関係者が参加していた。ところが、その数値評価がなぜ必要なのかという段階で、実際に試算してみようという動きにまでいっていない。あるいは、これまででもそれなりの価値評価をやったところが、それほど効果が見えなかったので、今からあらためて・・・という具合なのだろうか。
環境マネジメントには力を入れてきた日本企業。これからの課題は、自社内の努力で終わらせるのではなく、サプライチェーン全体での環境の取り組みを把握することだ。そしてこの活動を公表していくことで、これまでの成果を見える形で示していくことが大事だと考える。