企業が取り組むべき人権対応について、これまでの成果をまとめたものが「新興国ビジネスと人権リスク」(現代人文社)として出版された。
今回の書は、本レポートの第28号で紹介した委託調査の成果をもとに編集し直したもので、このなかから16社の企業事例を紹介しながら主要な人権課題を整理している。また国連による指導原則についても説明を加え、全文を掲載した。加筆部分は、実際の導入のためのステップと日本企業がこれに取り組むにあたっての挑戦(=課題)だ。
国連指導原則が発表されて3年経ち、企業担当者の間ではおおまかなところはひと通り理解しているだろう。ISO26000の適用とあわせて人権マネジメントに取り組もうという動きが出てきたことはいいが、指導原則が目指すところがしっかりと説明されてこなかったので、その導入も宙に浮いていた。
まずこの指導原則とこれを取り巻く世界の状況を理解し、形式を追うのではなく実践を伴った展開をすることだ。では何がポイントなのか。
・統治が不安定な地域での操業
まず問題にしている地域が、世界でリスクの高い国々での操業ということだ。国としての統治機構が脆弱であったり、市民社会での衝突が繰り返されている新興国や途上国だ。多国籍企業がこうした地域で操業することが、人権侵害を起こしているという。
国際社会ではこの「ガバナンス・ギャップ」に目を向けることからスタートしている。少し長くなるが、国連枠組の最初に書かれている部分を引用しよう。
「今日、企業活動と人権の問題が深刻化した根本的な原因はグローバル化によってもたらされたガバナンス・ギャップにある。つまり経済活動のアクターたちが持つ影響力やそのインパクトと、それによって引き起こされる様々な弊害をうまく制御する社会の力との間のガバナンス上のギャップが大きいために、企業の不正を許してしまう環境ができてしまい、そうした行為に対して十分な制裁や賠償がなされないのである。人権問題におけるこうしたガバナンス・ギャップをいかに縮め、両者をつなげていくかということが、われわれに今問いかけられているのである。」
高リスク国の最重要国のひとつが中国だ。ここで多くの操業をしている日本企業とって、今まで「人権」といわなかった様々な操業上の問題がこのなかに関係している。「思いやり」だけでは解決できない、このことを実感しているのは現地で操業にあたる企業人の皆さんなのだ。これを人権問題ととらえ、早くそのつながりで対応をした方がいい。
・社内対策よりも外部との対話と協議
また企業が尊重する責任の範囲を「影響の範囲(sphere of influence)」から、「直接つながっている関係(directly linked)」に規定したことも注意しておくべき点だ。経営管理できるのは、自社が直接人権に影響(impact)を及ぼしている場合だという企業側の理屈にたっている。
自社の利害関係者に対して遠くの先の関係までは問題にしない、といっている。この考えは企業に取り入れやすい。その一方で、企業から遠い存在でも、製品やサービスによる直接的な影響があれば含めるという。これには消費者の権利侵害があげられ、こちらは厄介な話だ。
そのためには利害関係者と協議して取り組むことなのだが、この利害関係者とは、ステークホルダーという聞こえのいいカテゴリーではなく、企業の行動から影響を受けて(affected)侵害されており、直接の「利害」がはっきりしている個人や団体だ。彼らが主張してくる権利に対して向き合わなければならない。
また直接でないなら何もしなくていい、というものでもない。この場合には、影響力(leverage)を行使して対応しなさい、といっている。社内では対応できないものなので、様々なステークホルダーや業界関係者とともに問題解決に取り組む、という対外的な取り組みが求められる。これがステークホルダーエンゲージメントの意味合いで、ここが指導原則主要コンセプトだ。
人権侵害に直面する状況は、どの会社も同じ悩みだ。そこで一企業内で行うのではなく、業界全体で共同したイニシアティブを組織したり、NGOや援助機関といった外部機関と組んで取り組む。このようにトピックや地域ごとに様々な団体が組織されているが、日本企業はあまり積極的に参画していない。こうした協働の取り組みをしないと「何も努力していない」とみられるのだが、それが日本ではあまり理解されていない。
・共同で取り組む救済メカニズム
この共同イニシアティブは、第3の柱である救済措置にも関係する。
自社内に苦情メカニズムを持つことはさほど難しくないが、企業に求められるのはそればかりではない。社外の他機関と協力して救済メカニズムをつくること、またはそうした集まりに参画して恊働して解決していくことなのだ。
指導原則では、人権が侵害された時企業がすべての解決をしろということではなく、企業がこれに関与している事実をまず認め(know)、一緒に解決する方向に取り組む努力を示す(show)ことなのだ。完璧な対応など、どんな企業でもやり得ない。そこまで求めているのではなく、予防的な措置として人権マネジメント(デュー・ディリジェンス)を経営に組み込むようにいっている。
・グローバル体制での推進
グローバル経営は日本企業の苦手なところだ。ましてCSRの仕組みとなると、日本内で完結しているケースがまだ多い。しかし人権への取り組みでは、対象をグローバル操業にあてなければ的外れになる。最初の人権影響評価の段階で高リスク地域を意識して、そこの海外事業部門や経営企画と現状をよく見ながら進めることが必要だ。