サステナビリティ倶楽部レポート

[第56号] 2015年のレビュー: 長期ビジョンに向けたイニシアティブ

2015年12月24日

 

●「あるべき姿」への道筋に世界が合意

1212日にCOP21の会議でパリ協定が採択され、全世界が温室効果ガスの排出ゼロに向けて前進することになった。現状を考えれば、「化石燃料の全廃なぞできるわけない」と思うだろうが、「できる範囲での目標」ではなくて「何を目指すべきかのあるべき姿」を重視した結果だ。

 

日本人は可能な目標を設定しそれを着実に達成することには長けているが、長期での大きなビジョンをもちそこを目ざして進めるというアプローチがなかなか理解されない。曖昧すぎるし絵に描いた餅ではないか、それより地道で現実的な努力の方が削減できるではないか、という現実派の反応。あるいは、こんな現実離れしているものは努力目標であって、必達目標とはいえない。できもしないものを掲げたところでそのうち見直しを迫られるさ、といる人もいるだろう。

 

しかしパリ協定は、そのような従来からの積み上げ式の考え方を根本的に覆した。これまでもForward looking とかBack castingなど、この方法を示唆するコトバが聞かれていたが、そのことが今回パリで合意されたのだ。

 

これについてどうも今一つの日本だが、実は過去高度成長期には無理難題を提示され、それを技術や市民の意識と努力で実現してきた実績がある。今は昔となったその時代の先輩方は、同じ状況に直面しながらこの難問を乗り越えた。その時の覇気を今一度掘り起こせというメッセージと私は受けとめている。

 

この取り決めには国家間の政治的な駆け引きがあるが、ここまで持っていた背景にはNGOなどの市民社会の強い推進力がある。日本の公害問題も、地域住民の運動がバックボーンにある。今の流れは地域レベルにとどまらず、地球レベルでの市民社会の連携と波及という大きなうねりになっているのだ。ここがわからないと、国際競争力にどんどん差がついていくことになる。

 

●規範はすでに強制力をもっている

パリ協定がもつもうひとつの意味は、法的拘束力がなくても実質的な強制力をもっているということだ。この合意達成には全世界が高く評価し、気候変動に取り組む確実な動きをつくっている。これに対応しなければ、「社会からの操業許可(Social license to operate)が得られない。さらに企業の間では、いかに積極的に取り組んでいるかが競争になり始めている。

 

この点は、今年のもう一つの大きなイベントであるSDGs(持続可能な開発目標)も同じアプローチだ。こちらはサステナビリティの課題をもれなく広範囲に盛り込むことが狙いのため、パリ協定のように厳格な実効性をもつものではない。それでも世界の関心事がここで確認され、課題の解決に向けてあらゆるセクターが取り組むためのドライバーになった意味は大きい。

 

先行して進んでいる「ビジネスと人権の指導原則」もやはり法規制ではなく、規範のアプローチだ。これも世界からの支持で広がっており、各国や各地域レベルでの法制化の動きへと広がっている。

 

自発的な枠組みなので実効性がないと思ったところで、そこは市民社会の推進力や監視の眼が前に進むうえでの役割を果たしている。NGOの戦略にも時代によって変わっており、まずはNon Governmentとして政府と対抗する立場から政策活動を起こした。そしてターゲットを政府だけにとどめず多国籍企業に及ぶようになったのが90年代以降だ。最近では長期のビジョンに向けた規範や原則を策定し、その実現のために全世界の運動に広げる動きになっている。特に新興国では、政府よりも堅実な実行力になっていることに気づかなければいけない。

 

そんな状況なので、法律の世界でもハードローよりソフトローをベースにした法解釈に移らざるを得ない。信頼されない政府が施行する法規制だけを見ていては、現地の操業が進まないのが実情だ。世界でまっとうなビジネスをやろうという会社ならば、自社の基準をもって判断していくことがもっとも現実的で信用に足るものになる。

 

●ガバナンス・コードもソフトローのアプローチ

これは何もCSRや環境問題にかかわることだけではない。

スチュワードシップ・コードやコーポレートガバナンス・コードも原則のアプローチをとっている。現状ではComply or explainの意味を理解しておらず、explainするやり方がよくわからないのでcomplyすればいいか、とガバナンス・コードの原則をひとつづつチェックしていく会社が大多数のようだ。本来は会社にとってどんなガバナンスを進めるかをまず各社が決めるもので、それを説明するためにコードがあるのだが。

 

事業戦略が各社各様あるように、ガバナンスにもその会社の方針や特色をもつものだ。ソフトローをハードローと分けて考えて法律だけをやるのではなく、企業が取り組むべき行動を考えていくことだ。いつか法律になる時を待ってそれまで凌ぎ続けるよりも、世の中の要請を先にキャッチし、世の中の要請を企業が率先して取り込む方が結果的にはプラスになる。投資家側もそうした企業姿勢を評価するようになっており、そこに気づく企業も出始め、着実に変化はしている。

 

2016年のイニシアティブ

世界は既にその自発的アプローチがベースで、2015年はその流れがようやく日本に入ってきたようだ。

2016年はその意識で世の中を見るようにしてほしい。後れを取ってビジネスの命取りとならないよう、各社各人が長期的で地球的な視野で考え行動していくイニシアティブが大事だ。