サステナビリティ倶楽部レポート

[第57号] リスクマネジメントとしてのNGOとの対話

2016年01月25日

 

●法務・コンプライアンスの観点から人権リスクをとらえる
先日「グローバルビジネスと日本企業の発想ギャップ」をテーマにした座談会に参加し、それがNBL(New Business Law)誌1月1日号に新春特集として掲載された。これは法務・コンプライアンス担当向けの企画で、NBLはこの分野の専門誌だ。

 

内容は新興国市場での人権リスクとその対応なのだが、CSRのアプローチでなくリスクアプローチでこのトピックに迫ることが狙いで、座談会の副題が「リスクマネジメントとしてのNGOとの対話」。タイトルにCSRや人権という文言を入れるのはやめようということで、編集担当はかなり苦労したようだ。座長を危機管理で著名な國廣正弁護士に務めていただき、参加の企業側はグローバルビジネスがベースの三菱商事とブリヂストンのCSR担当者で、合計4人での対談だった。

 

世界と日本企業の一般的な考え方の間にどんなギャップがあるか、それがどれほど問題になっているかは、私がこのレポートでずっと書きつづってきたことだ。まずはスポーツウェアメーカーでの事例をあげならが、問題の所在は自国内でなく新興国の労働状況であり、対応のきっかけとなったのがNGOの指摘であることからスタートする。CSR担当にはお馴染みの事例だが、法務担当者はそんな経緯を知らないのでそこから説明しないといけない。

作業現場での労働条件の劣悪さが新興国で日常的に起こっていること、サプライチェーンでの問題が企業にも責任を問われる状況を説明。法律がルーズであったり政府の信頼性が欠如している新興国でおこる「ガバナンス・ギャップ」を認識し、そんななかでのリスクマネジメントに迫られていることを指摘する。

 

●ソフトローのハードロー化
國廣先生は、「法令ベース」や「お上ベース」といった現地法をクリアしていれば大丈夫といった考えではなく、リスクにどう経営が向き合っていくかという「リスクベース」の発想で進めるべき、と説明している。法務・コンプライアンス担当者はともかく法令の有り無しで判断し、それが不十分なケースのリスクはわかりにくいようだ。人権リスクは法律で規定しにくく掴みどころがないだけに、従来の法令ベースの発想では理解できない。グローバル市場では発想そのものを変えなければいけない。

 

そして、「ビジネスと人権」をソフトローとしての位置づけながらも、ハードロー化しているくだりを弁護士の立場から説明している。リスクが存在していながらそれを放置していれば、経営者は善管注意義務を怠ったことになり、取締役の責任が問われる。会社法での解釈のほか、実際の座談会ではコーポレートガバナンス・コードの例もあげて、経営上取り組むべきリスクのなかに人権課題も当然入るというお話だ。法務の専門家からこう言ってもらえると大変心強い。

 

法律体系から見るのではなく、社会の状況や経営を取り巻く実状から問題をとらえ、リスクを解釈する。そんな発想で仕事をする方は、ビジネスと人権への理解も早い。考えを共有する弁護士がいるのは嬉しいのだが、残念ながらこういうスタンスがもてる企業弁護士は法曹界のなかでもまだ少ないそうだ。まだまだハードロー解釈が中心で、こちらの壁も厚そうだ。

 

●まずNGOと対話してスタンスを見極める
また2社それぞれがNGOとの対話をどのように展開しているか、その経験がまた実践的で興味深い。
日本の経営層は、NGOから問い合わせがあっても彼らと接することに躊躇しがちだ。座談会のお二人はCSR担当でその必要性をよく理解しているが、やはり社内にわからせるには大変なところがあるようだ。NGO側が攻撃的にアプローチしているのではないが、「わけのわからないヒトたちに会う必要があるのか」という先入観が根強く、相当身構えてしまうらしい。

 

確かに過激な団体もあるあろう。でもそれは一般の消費者からの問い合わせやクレームでも同じことではないか。消費者ならば対応するのに、なぜNGOだと態度が硬直してしまうのか。会社にとって広い意味での「お客様」といえるのではないか。

 

三菱商事は20年も前から海外でNGOからの批判を受け、対処の仕方も学んできている。「ともかくまずは会ってみることです。会えばおかしな要請かどうかはわかる。そのうえで、この先対話していく必要がある人たちかどうかを判断すればいいのですから。」というお話は、経験にもとづいたアドバイスだ。多くの企業がこの自然な対応に行きつくにはまだ時間がかかりそうだが、先行する事例を参考にして広がってくれればと思う。

 

●弁護士も変わらなければいけない
座談会に集まった4人は各自の立場が異なっても同じ方向の発想にあり、NGOとの対話が解決のカギであることを語りあえて面白かった。また日本の法曹界がまだかなりのところ保守的な思考や態度であって、國廣先生のような方は先進的なのだということもよくわかった。

 

國廣先生は山一證券事件にあたり、調査委員会として徹底した調査を公表した実績がある。さらに株主代表訴訟にも関わり、株主という第三者の立場で経営の責任を問う姿勢がある。株主だけでなく、ステークホルダーの立場で経営に説明責任を問うべき、ということはいうまでもない。

 

「弁護士も変わらなければいけない。『ソフトローのハードロー化』そして『人権リスク』の解釈を法務業務でももつこと、こういう発想転換が本当に必要。」というコメントだった。そして私には、「海野さんは、これまでのやり方に新しい視点を示す『壊し屋』として多いに発言してくださいよ。この企画は“New” Business Lawですからね。」といい形で進行していただけた。

 

そして弁護士らしく座談会をぴったり時間通りに終わらせると、
「いや~、この座談会は難しかった!」
とおもわず出たコトバ。辣腕の企業弁護士でもかなり扱いにくくて肩の凝るテーマなんだな。終了後の懇親会では、不正会計や粉飾事件での体験談を伺えて経営の内部を垣間見るようだった。

 

読者の皆さんも、法務・コンプライアンス担当にこうしたアプロ―チで説明していただければと思う。

 

本年もどうぞよろしくお願いいたします。