サステナビリティ倶楽部レポート

[第58号] メコン河流域: 環境問題が引き起こす人権問題

2016年02月29日

 

●東南アジアに恵みをもたらすメコン河
環境問題によって地域住民の生活が脅かされれば、住んでいる人の権利が侵害される。自然環境が大事だといっても、被害の相手が何も言わない「自然」であれば問題を指摘するインパクトが弱い。同じ問題でも人間生活への被害が大きければ、住民の立場から深刻な社会問題として捉えられ、さらには経済問題に発展していく。
環境問題と人権問題はそれぞれ別の分野として考えられがちだが、実際はこのように関連しあっている。

先日の弊社主催の研究会では、地域の視点をベースに問題を指摘しているNGOメコン・ウォッチを招き、その実状を伺った。メコン・ウォッチはメコン河流域の住民の生活や自然資源へのアクセスに関する調査を行い、政策提言まで行っている日本のNGOだ。

東南アジアに詳しい人ならばメコン河に馴染みがあるだろうが、海外通でも自然や環境にさほど興味がなければ、この河が地域にどれほど意味深いものかわからないだろう。実は私も名前や存在は知っていても、そこまでは知らなかった。
以下はメコン・ウォッチのプレゼンの抜粋だ。

●アドボカシーNGOの役割
メコン河は中国、ミャンマー、ラオス、ベトナム、タイ、カンボジアにまたがって流れる雄大な河川で、広範囲に支流がつながりさらに下流域はデルタ地帯へと広がっていく。魚類の多様性が豊富であり、流域には肥沃な地質が広がっていることから、周辺地域の暮らしはこの自然資源の恵みをいただいた漁業、農業で成り立っている。

今この地域の自然が、大規模な開発事業で失われている。その最大なプロジェクトはダム建設で、中国領土内では既に主要なものが稼働、今後まだ多数が計画されている。

川や森から確保できる資源(林産物、魚、動物)を失うことは、食料への支出を増やし、かつ、余剰があれば販売できていた資源の喪失を意味する。これらの資源は、大抵、投資額が低くても入手できる。元来現金収入の少ない世帯は収入を減じ支出を増やすことになる。貧困化により、子供の教育機会を奪う、出稼ぎによる家庭への負担、農村での生存基盤を失い都市に出て非熟練な労働者になる、知識がないことで人身売買などの被害受けるリスク、などが発生する。
このように、途上国では環境破壊(自然資源の劣化)は人権問題とイコールなのだ。

また伝統的な慣習に沿わない形で法や制度が新たにできることで、結果的に違法者が生み出される事態にもなっている。
例えば、土地は王や国家のもので国民は使用権のみ持つ、とされている国は少なくない。住民は先行的占有や、占有的使用権を「土地権」と認識するので、それが公的には効力をもたないとする国家や行政機関と対立が生まれる。そこに開発や立ち退きが発生すれば、当然混乱が生まれる。タイでは、国立公園が出来る前から居住していた住民も、国立公園指定により「不法占拠者」になってしまったケースがある。

このような問題については、地域の自然資源利用を調査し、住民の生活状況、林産物の家計への重要性を理解する必要がある。メコン・ウォッチは第三者としてこれらを行い、さらに現地の状況を政策上の文脈に置き換え政策決定者(事業者)に伝えるためのアドボカシーの役割を持っているのだ。

●市民社会の強さを知ること
海外での実態を指摘することは国際NGOでは一般的だが、日本のNGOでこのように動いているところはまだ少ない。市民社会の世論が無視できない欧米では、彼らの存在は大変重要で信頼度も高い。日本しか見ていないと、何が問題になっていてなぜ企業が地域の問題まで対応しなければいけないか、などが肌感覚でわからないままだ。

主要なメディアに目を配り、世界の世論や動きをキャッチしておくだけでもその感覚が養われる。メコン河流域のテーマでは、The Economistの2月13-16日号に”The Mekong: Requiem for a river”のエッセイが6ページにわたって掲載されていた。ダム開発による問題のほか、温暖化による海水位上昇がデルタ地帯の生活を脅かすことなど、いくつかのトピックをあげている。ここでもNGOが注視し働きかけていることに触れている。

テーマは異なるが、私が関心をもったものには、昨年秋にイギリスで法制化された現代奴隷法に関連し、Financial Timesが特集でとりあげた”Modern-day slavery”の連載がある。経済紙であるFTが、世界の強制労働や人身取引の社会問題をクローズアップしている。各地の実状はFTの記者が書いているのではなく、Stop The TrafikというNGOと連携しており、内容はそちらの調査による。メディアでの露出はNGOのアドボカシー活動として重要な戦略であり、それを主要紙が支持する社会なのだ。

余談になるが、先週のThe Economistに、日本でメディアの自由が脅かされている記事が掲載された。3人のニュースキャスターの降板から始まり高市総務相の電波停止発言まで取り上げ、「政府批判がニュース番組から抹消されつつある(Criticism of government is being airbrushed out of news shows)」という内容。日本では報道されていないことが、海外のメディアで取り上げられている一例だ。

●NGOからのメッセージ
最後に、まとめに代えてアドバイスをいただいたので、それを私のコトバを加えて皆さんにお伝えします。
・手続き遵守だけでは人権は守れない
日本企業の多くが「CSRとは法令遵守を越えて、社会の要請に応えること」と謳っている。ところが途上国の実態を指摘されたとたん、現地の法規制を守っている、現地政府から許可を得たものだ、と姿勢を強ばらせる。統治が不十分で政府が信用されていない国でこそ地域の利害関係者の実状に向き合った行動を取るべきだ。

・国家の枠組みを超える越境影響に留意を
「ガバナンス・ギャップ」にチャレンジすることが人権対応の基本だ。多国籍企業には、国別の対応でなく、地域・国際レベルでの解決策が求められる。

・影響住民と早い段階からの対話を
問題を指摘されたらまず現地に赴き、そこで侵害を受けている住民の実状を調べることだ。できるだけ直接対話することが大事で、難しければ仲介のグループなどから接していくことも大事だ。

・時間軸の違いを超えるには
開発事業がその国の経済発展のために必要、というロジックは20世紀の工業社会の考え方だ。21世紀の今日、環境を破壊して開発することがその国の発展になるのか。自然資源から恵みを得て豊かな暮らしをしているメコン地域のように、自然を奪ってしまう開発プロジェクトが逆にこれらの国を貧困化することに気づくことだ。