今年の夏休みは、バルト三国を訪問してきました。エストニア、ラトビア、リトアニアの国々です。
日本からでは、ヨーロッパの北部、バルト海沿岸の国々・・・というくらいしか知らない人が多いでしょう。私もその程度の知識でした。ドイツに住む友人から、「ロシアの動きで、この地域これからどうなるかわからないから行ける時に行っておこう」と誘われて即決。
東はロシアと接し、バルト海を挟んでスウェーデンとノルウェーに囲まれている小国群です。古くはドイツ人が開拓し、ソ連の占領下にあったのち1921年に独立。その後第二次世界大戦の戦渦で一時ドイツに占領された後再び1945年にソ連の領土に組み入れられた悲惨な歴史を持っています。
バルト海に臨み大西洋にアクセスするには格好の地理条件です。小さく弱い国は周辺の大国の間で勝手に領土争いをされ、一般市民は敵国の兵士として捕われ政府役人や知識層はシベリアに強制送還されてきました。第二次大戦中はドイツナチ軍によるユダヤ人虐殺もかなり激しかったのです。
歴史に翻弄されてきた国の姿を思い知らされました。
それでもソ連崩壊後1991年に再び独立を勝ち取り、2004年からEUに加盟して今はヨーロッパの一部となって都市の再生や基盤整備が進んでいます。
やっと安定した生活が送れる・・・、誰もがそんな思いで将来の希望を紡いでいたところなのです。
ところが、3年前にロシアがウクライナを侵攻しクリミア半島を併合するという事態に。こんな暴挙が現実に起こると、旧ソ連下にあった他の国々もいつロシアに攻め込まれるかわからない・・・。
ドイツの友人が訪ねてみようと思ったのは、そんな緊迫したヨーロッパの状況を反映しています。
旅先で会ったラトビア人は、
「私たちのように小さい国は、ロシアが攻めてくればものの10分で破壊される。安全など保障されない。」
とやりきれない顔で話していました。
過去侵略される度に虐殺され、また国外に亡命してきた移民、難民の歴史なのです。ツアーで一緒だった旅行客のなかには、バルト三国生まれでその後の戦渦でアメリカやオーストラリアに移住した方々が何人かいました。平和になって祖国を訪れ、さらに自分の子供や孫を連れて祖国の歴史を感じてもらう旅なんですね。
三国それぞれの首都、タリン、リガ、ヴィリナスを訪れると、今はどこも建造物を修復しており古い街並みが楽しめます。他のヨーロッパ諸国は近代建築が進んで街も肥大化していますが、ここの旧市街地はそこまで開発されておらずまた古き良き時代を懐かしむ郷愁の想いがあるのでしょう。街の中心はコンパクトで美しいです。
美しさと悲惨な思いが交錯した訪問でした。