世界の工場である中国。安価に製品がつくられるその裏側が一体どんな実態なのか、想像するもののなかなか表に出ません。そこに元フィナンシャル・タイムズの中国特派員が果敢に入り込み、実際に労働者にインタビューして書いた本がこれです。副題がThe true cost of Chinese competitive advantage、日本語版のタイトルはかなり直接的で「中国貧困絶望工場」。取材の過程では、かなりコワイ目に合ったそうです。
2年前に藤井さんと共著を出した「グローバルCSR調達」では、中国に生産拠点を移した多くの日本企業に現地での労働、人権配慮の必要性を解説していますが、まずこの本で中国の様子を知ってから読んでもらうといいかもしれません。
といっても本書の取材先は中国企業や台湾企業ばかりで、日系企業の工場はこんなにひどくはないため自分たちのこととは受け取れないでしょう。私も実際深センにある工場に何回か行ってみました。ここは電子機器の組立工場で、従業員は数千人規模。20歳前後の女性工員がほとんどで、始業前や昼食時に構内にいると、揃いのユニフォームを着てどどっと押し寄せる女の子たちで圧倒されます。
食堂や寮の部屋の中まで見せてもらいました。8人部屋でエアコンもなく、各自ベッドとロッカーが割り当てられるというあたりはこの辺の平均的な施設のようでしたが、この本で書かれているほどの悪環境ではなかったです。でも、皆が意識に目覚め、トイレ、シャワー付き個室が当たり前の生活水準を求めたら、一体今の低賃金で成り立っているビジネスモデルはどうなるんだろう・・・と思わざるを得ませんでした。
この本では、「こんな生活イヤ」と工場の単純労働から抜け出して、リスクはあるけれど実力が試せる職場に転身していった娘の話が取り上げられています。ちょうど深センは不動産景気が活況の時だったので実利を手にした人は多かったでしょうが、その後の不況でこんな若者も今はどうしているのでしょうか。たくましく生き延びているとしても、悪影響を受けるのはいつでもどこでもこうした末端の労働者です。
「五ツ星工場」というのも、「やっぱり・・・」でした。納入先の欧米企業による立ち入り労働監査が広がってくると、パスするような優良工場をつくっておいてそこだけ衛生的で労務管理バッチリにしておくのです。先日バングラデシュで訪れたアパレル工場は、まさにこれだったのでしょう。新築ということもありますが、周囲の住環境とうってかわって中はかなり整理されており、日本製ミシンがずらっと並んでいる。品質チェックも入念。カフェテリアや保健室まであるの です。そして「この工場の製品は100%輸出向けですよ」と、ガラスのフレーム入りで壁にかかっているGAP社の認定証を誇らしげに見せてくれました。
絶望的な中国の実状ですが、それでも筆者は単に「ひどい」で済ませてはいません。最初の方で見せかけだけの工場のことを書いていますが、最後には「新モデル工場」を取り上げて労働生産性をあげることで品質維持とともに長時間労働の問題を解消している現地工場の話をもってきており、「やればできる」というメッセージを送っています。
サプライチェーンの先の先まで考えれば日本企業も他人事ではない。いつかそのプライスが維持できなくなった時は、影響を受けるのは企業自身です。